井上章一『法隆寺への精神史』
 弘文堂 1994年
佐藤守弘 
(本学講師)

「法隆寺の柱が膨らんでいるのは、ギリシアのエンタシスの影響だ」。この説を聞いたことのある人は少なくないだろう。しかし、建築史学の専門書には、どこを探してもこの説は見あたらない。どうしてだろう、という素朴な疑問から本書は始まる。明治時代に「日本美の至宝」として位置付けられた法隆寺の建築には、さまざまな言説――「法隆寺に投影されてきた夢」と著者は呼ぶ――が重層的に紡ぎ出されてきた。ある時は遠くギリシアの影響を受けた普遍美の現れとして、ある時は、日本独自の固有美を有するものとして。そうした評価は建築史のみに留まるものではなく、広くそれぞれの時代の思想潮流全体――あるいは「ファンタジー」――と深く結びついたものであった。作品の解釈とは決して無垢なものではない。常に様々な力学の変動に晒されているのだ、ということを著者は平易に解き明かす。本書に先立つ『つくられた桂離宮神話』(弘文堂、一九八六年)――もう一つの「至宝」に関する言説を通じて、日本におけるモダニズム受容を語る――も参照のこと。