多木浩二『天皇の肖像』
 岩波新書、1988年 、640円
佐藤守弘 
(本学講師)

本書は、明治天皇の肖像写真を手掛かりに、近代天皇制の為した〈視線の政治学〉を読み解いたものである。〈御真影〉とは、間違いなく戦前の日本で最も有名であった写真(明治天皇の場合、正確に言うと手描きの肖像画を写真で複製したもの)であり、「これほどの政治性を発揮した写真は世界にも類を見ない」のである。そのイメージが、どのように「天皇制国家」を作り上げていったかを語るのがこの書の主眼であるが、「写真論」としても面白い視点を持っている。まず写真の流通と受容という問題を正面切って扱っている点。彼が着目するのは、その流通のシステムである。それは、つねに下からの願いにより政府から下付されるというシステムを採っていた。それにより「下からの天皇制」が実現し、同時に天皇を頂点としたヒエラルキーを具現させたという。次に大量に複製された写真が、天皇との同一性を獲得する過程に注目する。写真が被写体と同一視される呪物性をしばしば持つことを前提とした論理から、個人の心性が儀礼をともにすることにより集団共有のものとなるという議論の展開はスリリングである。