最近、久しぶりに大好きなアーロン・エルキンズのスケルトン探偵シリーズを読み返した。主人公は形質人類学者。古い骨を観察し、触るだけで、その人間の性別、年齢はおろか、生きていた時の職業や性向まで当ててしまう。いうまでもなく、これはシャーロック・ホームズ以来の伝統を継いだ探偵像である。探偵小説/推理小説とは、一九世紀後半に生まれた新しい文芸ジャンルである。そこには、ヨーロッパ近代を形作ってきたさまざまな文化装置――博物学、視覚装置、データベース、資本主義など――が埋め込まれている。これまで、ウンベルト・エーコ、トーマス・シービオク、カルロ・ギンズブルグ、富山太佳夫、内田隆三などそうそうたる面々が推理小説という問題に取り組んできたが、博覧強記で知られる著者もついに手を染めた。本書の中でも、推理小説と顕微鏡を扱った章がおそらく芸術学を専攻する人の興味を惹くだろう。シャーロック・ホームズといえば、鹿打帽、パイプとならんで拡大鏡が付き物だ。著者はミクロの世界に対するホームズの執着を通じて、ヴィクトリア朝における視覚文化を紹介する。それは、目に見える世界をなんらかの痕跡として読み、テクストとして再構成する行為であった。ホームズの行為は、同時期に成立していく「美術史」の方法論と通底する。芸術学を考える上でさまざまなヒントを与えてくれる本である。美術史(モレッリ)と精神分析(フロイト)と推理小説(ドイル)の関係について語った「徴候」という論文の収載されている次書も推奬しておきたい。
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