パリ、ロンドン、ニューヨーク、東京、上海。巨大都市は絶えず視覚的な刺激を発散し続ける。さまざまな思想が都市を語ろうとしてきた。しかし、そのような言説を飲み込むようなかたちで都市は増殖していく。都市について考えることは、モダニティについて考えることであるともいえる。そのすべてを網羅することは当然できようはずもないが、都市に関する思考のごく一部を紹介してみたい。
ヴァルター・ベンヤミン『ベンヤミン・コレクションI――近代の意味』、浅井健二郎編訳、久保哲司訳、ちくま学芸文庫、一九九五年、ISBN:4-480-08216-6、一五〇〇円(税別)
近代的な大都市は、人々の感覚に絶え間ない刺激を与え続ける。「大都市の交通のなかを動いてゆくことは、個々人にとって一連のショックと軋轢を生み出す」とかつてベンヤミンは述べた。「危険な交差点で、神経刺激の伝達がバッテリーからの衝撃のように次々と体をつらぬく」。近代技術のもたらす街路のスピードとノイズ、そして得体の知れない群衆のただなかで、人々の感覚は訓練され変容していく。モダニティ、すなわち近代的なるものとはどのようなものであったのかを思索しつづけた思想家ベンヤミンは、都市や写真を切っ掛けに、「アウラの喪失」という概念を探求する。本書には、一九世紀に出現した近代的大都市を読み解く「ボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」や、「パリ――一九世紀の首都」――巨大な『パサージュ論』の一部をなすもの――などが収められ、彼のラディカルな思考の一端に触れられる(ちなみに写真論のクラシックである「写真小史」、「複製技術時代における芸術作品」も所収)。
初田亨『百貨店の誕生――都市文化の近代』、ちくま学芸文庫、一九九九年、ISBN:4-480-08517-3、一一〇〇円(税別)
産業革命以前の世界において江戸は、世界一の人口を有する巨大都市であった。しかし、近代都市化を成し遂げたロンドンやパリによって、その地位は奪われる。明治維新の動乱と社会の大変動は、江戸を荒廃させてしまった。東京と名を変えたこの都市は、次に急激な近代化へと向かう。夏目漱石は、三四郎の口を借りて、「すべての物が破壊されつつあるように見える。そうしてすべての物がまた同時に建設されつつあるように見える。たいへんな動き方である。/三四郎は全く驚いた」とこの変動を描写した(夏目漱石『三四郎』、一九〇八年)。三四郎の体験したものとは、すなわちベンヤミンのいうショック体験に他ならない。こうした世紀転換期の都市の激動を、百貨店をキーワードにして觧析するのが本書である。百貨店とは近代的都市の相似形であり、都市の変容をそのまま写しだす鏡でもあった。博覧会、勧工場、百貨店へと続く動きを、資料とともに追いながら、東京という近代的大都市の原像を浮び上らせる好著である。
レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』、鈴木圭介訳、ちくま学芸文庫、一九九九年、ISBN:4-480-08526-2、一五〇〇円(税別)
ベンヤミンのいうようにパリが一九世紀の首都であるならば、メガロポリス、ニューヨークは二〇世紀の首都であったのかもしれない。それは語られ、描かれ、そして標的ともなった。大陸に隣接した小島、マンハッタンをささえる思想――マンハッタニズム――を位置づけようという試みが本書の目的であると著者はいう。マンハッタンとは「過密の文化」そのものであり、それはモダニズムであれ、なんであれ、それを飼い慣らそうとした思想を逆に飲み込んでしまうモンスターである。この都市は、人の考える「都市計画」を乗り越え、暴走する。著者、コールハースは、現代を代表する建築家の一人。自らマンハッタンの「ゴーストライター」であると述べる彼は、この都市にまつわるさまざまなエピソードを集積することによって、ニューヨークの可能性と限界を描き出す。果たして、ニューヨークは二一世紀も首都であり続けるのだろうか。
田中純『都市表象分析I』、INAX出版、二〇〇〇年、ISBN:4-87275-093-4、二二〇〇円(税別)
都市は、さまざまな想像力を誘発してきた。八〇年代における都市論ブーム――日本では江戸/東京ブームとして起こった――は、とくに記号論を武器として、都市を読み解こうとした。しかし、人々は都市を解読しようとするが、そのたび都市はその解読を拒否する。その解読不能性に著者は着目する。それは都市に内包される都市的ならざるもの――非都市、あるいは都市の無意識――にある。著者は、建築、廃墟、写真、文学といったさまざまな表象――あるいはエンブレム――を横断的に分析することによって、著者は都市という概念そのものに迫ろうとする。それは都市、あるいは都市的なものを探究する作業であると同時に、ベンヤミンの『パサージュ論』における問題意識、方法論を現代において考え直すことでもある。著者自身によるウェブ・サイト(ziggy.c.u-tokyo.ac.jp/)も参照のこと。
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