モノの価値付けの問題
佐藤守弘 
(本学講師)

■ジェイムズ・クリフォード『文化の窮状――二十世紀の民族誌、文学、芸術』、太田好信他訳、人文書院、二〇〇三年

■鈴木良、高木博志編『文化財と近代日本』、山川出版社、二〇〇二年

モノは一体どのようかプロセスを経て、美術品になるのだろう。そこには一体どのような力学が働いているのだろう。昨今では、こうした疑問を共有する者たちが、「美術制度」の批判的研究を繰りひろげている。もはや、「美術品は本質的に美術品たるべき何物かを内包しているからだ」というようなナイーヴな答えで満足する人は少ないであろう。

そこで、制度研究の一つの指針となりそうなのが、批判人類学の旗手クリフォードが、前掲書に所収された「芸術と文化の収集について」という論文において提示する「芸術=文化システム」というモデルである。彼はさまざまなモノ――制作物〔artifact〕――といってもよいだろう――が帰属するであろう四つの領域を示す。(1)「芸術」と(2)「文化」という二領域、そしてそれぞれのアンチである(3)「非文化」と(4)「非芸術」である。それらは二種類の対立項――真正vs非真正、傑作vs器物――の組み合わせとして理解されよう。つまり「芸術」とは「真正な傑作」、「文化」とは「真正な器物」、「非芸術」とは「非真正な傑作」、「非文化」とは「非真正な器物」である。文章だけではこの図式は分かり難いかも知れない。本書に収められた図を是非参照して欲しい。

この図式は静的/固定的なものではない。モノは絶えず移動する可能性を秘めているからである。最も分かりやすい例として、アフリカの部族の仮面がある。部族の伝統的「文化」を代表するモノとして民族学博物館に収められた仮面は、権威ある「目利き」――キュレーターやピカソ――によって見出されることによって「芸術」の領域に包含される。こうした移動の例は、その他の全ての領域間で起こっている。民芸運動と土産物の関係を思い起こせばよいだろう。「美術」とは何かという大疑問に対しての一つの重要な切り口として、本論文は必読の基礎文献となるだろう。

クリフォードが扱うのは、「文化」に関してであるが、日本の「歴史的所産」に関しても同じようなことが起こっている。文化財や国宝の成立、史跡・名勝や天皇陵墓の問題などに関しては、高度に政治的な力学が働いている。クリフォードの論文は、その力学を理論的に押さえたものであるが、実際のケースに即して実証的に検証した歴史学の諸論文を集めたのが『文化財と近代日本』である。

モノの価値付けの問題。これは、ひとり芸術学/美術史だけのものではない。文化人類学や歴史学など諸領域で問題になっているのである。学際的な研究は今後も進んでいくだろう。