町田甲一著『大和古寺巡歴』
 講談社(講談社学術文庫899) 1989年初版
 ISBN:4-06-158899-0 ¥900
杉崎貴英 

以上2点の入門書に対し、こちらは明治以来なされてきた研究と鑑賞の厚みを感じさせる一冊。 
古代美術史研究の口火を切った法隆寺の再建非再建論争や薬師寺本尊の移座非移座論争、細かいところでは「百済観音の名の由来」「法隆寺本尊光背の損傷はなぜ生じたか」などの問題が述べられる。しかし主題はやはり、美術史学を「様式の史的変容をきわめる学問」と考える著者による、日本古代彫刻史における「作品の具体的様式の史的因果の関係」の探求にあろう。そのための「正しい観照の仕方、観照の態度」をめぐる著者の考えが、個々の造形に即しつつ、そして従来の言説と距離をおきながら述べられている。なお同じ著者の『古寺辿歴』(保育社)と重複する部分も多い。
 本書は、和辻哲郎『古寺巡礼』や亀井勝一郎『大和古寺風物誌』が惹き起こした「文学趣味的な傾向」への「批判と憂慮を吐露したい」という思いから書かれたという。しかし著者の深い思い入れは、“古き良き奈良”を彷彿とさせる叙述としてもあらわれており、それが本書にエッセイ的な味わいを添えている。