織田信長が上杉謙信に贈ったという伝承のもと、狩野永徳の作品として国宝に指定された上杉本「洛中洛外図屏風」。しかし近年ある中世史家から、この伝承を疑問視し、景観は1547年の京都を忠実に描いたもので、当時幼少だった永徳の作品とは考えられない──とする説が提示された。果たして定説は覆るのか、新説に方法上の問題はないのか。絵画史料を積極的に中・近世史研究に活用してきた黒田氏は、この衝撃的な説が巻き起こした論争に遅ればせながら参戦することになる。論争はまた、美術史家・建築史家・日本史家それぞれにおける、絵画のとらえ方の相違を顕在化させていた。黒田氏は先行研究を腑分けし、問題点を摘出しつつ考察を前進させてゆく。そしてついに、伝承にまさる新たな史料にたどりつくことになるのである。 本書の魅力は、黒田氏による謎解きの過程に読み手がおのずと引きずり込まれる点にもあろう。あたかも推理小説を読む楽しみに似てそれに留まらないのは、黒田氏が先学も読者をも、〈共同研究〉の仲間としてフェアに扱っているゆえに他ならない。史料の性格をいかにとらえるか、研究史にどう向き合うか。そのような一般的な面でも多くの示唆に富む一冊である。
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