松本由理子著『ちひろ美術館物語』
 講談社 1994年 1456円(税別)
 ISBN4-06-207071-5
杉崎貴英 

無垢な子供たちを描きつづけた絵本画家、いわさきちひろ。その自宅跡に建つのが、東京は下石神井の「いわさきちひろ美術館」である。「ちひろの心を伝えたい」という確かな思想にたつ活動は、飯沢匡・黒柳徹子ら著名人の共鳴も得て、小さな美術館の枠をこえた大きな成果を育んできた。
本書は開館から現在まで、ちひろ美術館の可能性を模索してきた歩みを、舞台裏の眼差しでつづった手記である。館長を勤める長男猛氏の妻である著者自身の、半自叙伝的エッセイの趣ももつ。
しかし単に心温まる回顧録とのみ読むことはできないだろう。家庭人として抱いた悩みさえ赤裸々に記してゆく著者の筆は、この個人的小規模館が直面した数々の運営上の問題点をも浮き彫りにしているからである。博物館学の関連書には少ない率直なドキュメンタリーとして、ちひろファンとはやや違った視点からも向き合ってみたい。
なお舞台裏の回想といえば、公私立の女性学芸員の手記をあつめた『わたしの美術館』(大日本絵画、1990年)も忘れがたい一冊である。