岡佳子『国宝 仁清の謎』
 〈角川叢書18〉
 ISBN4-04-702118-0 \2700(税別)
杉崎貴英 

2001年7月刊。本誌12号の文献紹介で佐藤守弘氏が述べられたように、90年代にはこれまでの日本美術史の言説を再検討する研究が相次いだ。例の雪舟展は既に8年前から準備が始まっていたというから、さきに述べたような関係図書の傾向もそうした90年代の動きの所産といえよう。京都にあって京焼の研究に取り組んでこられた著者による本書もまた、こうした状況にリンクするものである。
 17世紀後半に活動した野々村仁清は、京焼の祖と仰がれてきた陶工。本書はその実像について、つまり仁清自身と彼の営んだ御室窯の「謎」も考察がなされるのであるが、むしろテーマは仁清作品の享受史における「謎」にある。仁清の手になる国宝は2点、重文は19点、旧国宝当時は11点にのぼる。陶磁器の指定品のなかで、ひとり仁清作品だけがかくも格段の多さに達したのはなぜか?──そこには、近代日本の美術史研究、さらには社会状況のなかで形成された仁清のイメージが深く関わっていると著者は指摘する。「京焼の祖」という仁清像は殖産興業政策の、「みやび」の仁清像は戦時中の天皇崇拝にかなうものであり、そして仁清作品は「大東亜共栄圏の陶磁器群の真中で咲き誇る、大輪の華」として高く評価されたのだという。さらに著者は、色絵茶壺の伝世過程を追跡することにより、それらが丸亀藩京極家において、「イメージのなかの『みやこ』」として愛蔵されていたことを論じられた。「国宝は普遍的な価値をもつものではない」。序言の印象的な一文を受けとめるなら、仁清の良さを改めて問い直すことが、現代の私たちに求められている課題といえよう。その意味でも、意匠構成の巧みさについて論じられた「色絵茶壺の実相」の章を味読したい。