古美術のコレクションを扱う小さな美術館に勤めていた時、収蔵品に対する貸出や図版掲載の許可申請書から、改めて気づかされたことがあった。申請者の立場によって対象(モノ)をさす代名詞が違ってくるのである。たとえば同じ絵巻でも、他の美術館からの書類では「作品」「美術品」、一方、歴史系博物館の場合は「資料」「文化財」などと記していることが多かったのだ。美術館と狭義の博物館との違いがこんなところにも表れるわけだが、まあここまでは理解できた。ところがある日、まったく思いもしなかった第三の代名詞に出くわしたのである。調査の申し込みは説話文学の研究者から。そこで絵巻は、なんと「貴重書」と記されているではないか! しかし考えてみると、ストーリーを絵と文字で綴っているからには、絵本がそうであるのと同様たしかに「図書」なのだ。美術とか文化財といった近代成立の概念よりも、ある意味では似つかわしいとさえいえるかも知れない。絵巻は他のジャンルの美術に比べて限りなく「本」に近い──となると、出版物による擬似的鑑賞体験の可能性を、絵巻は本来的にはらんでいるのではないだろうか。もっとも実情はそれほど簡単ではない。そのあたりに絵巻の特性も示されるのだけれど、そうした点にも注意しながら今回の文献紹介を始めよう。絶版が惜しまれる古典も多いが、ここでは比較的最近のものを、品切本も含めてとりあげてみたい。
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