芸術学コース講師の大野です。「ヨーロッパ美術史」のテキストや「芸術学の手帖」の文献リストを補足するかたちで、中世からルネサンス期の絵画技法に関する参考書を紹介していきたいと思います。
まず、この分野の事典類から挙げていきましょう。 クヌート・ニコラウス著、黒江光彦監修 『絵画鑑識事典』美術出版社 1988年 (ISBN:9784568420128 税抜き 2800円) 鑑識事典とありますが、絵画制作や修復に関する用語が 561項目にわたって解説されています。 同書の著者であり、修復家であるニコラウス氏が修復の非専門家向けに、絵画技法と材料の総合的な入門書として執筆したのが、 クヌート・ニコラウス著、黒江光彦監修 『絵画学入門 材料+技法+保存』美術出版社 1985年 (ISBN:9784568300376、税込み4077円) 絵画作品の構造にならって章分けされており、基底材(支持体)に始まって、地塗り、下書き、鍍金、彩色層、描画(テンペラ、油彩技法)、ニス引きまでと、絵画制作の各プロセス毎に、 中世から近代までの技法が詳述されています。 入門と銘打たれていますが、記述は微に入り細に入り、かなり専門性が高く、通読しやすいとは言い難いですが、たとえば、地塗り一つとっても地域や時代による違いにまで触れられており、辞書的に活用できる一冊です。 ******************************* 一方、上記のように技法の専門書として執筆されているわけではありませんが、下記の文献も中世からルネサンス期の技法を知るには最適です。 ブルース・コール著 越川倫明ほか訳、河口公生訳注、 『ルネサンスの芸術家工房』ぺりかん社 1994年 (ISBN: 978-4831506641、税込み3440円) 2章「ルネサンス美術の材料」において、画材、テンペラ、油彩、フレスコといった絵画技法の他、素描、版画、彫刻(ブロンズ、テラコッタ、木彫)についても詳述されています。 また巻末には、修復の専門家である河口氏による訳註として技法に関する用語の簡単な解説が付されています。 3章立ての残る2章では、芸術家が置かれた環境、工房での修行、作品の機能についても扱われており、読み物としても読みやすくルネサンス美術の手引き書としてもお勧めです。
ただし残念ながら、版元品切れとなっており、図書館での閲覧か 古書店での入手しかない状況であることをお断りしておきます。 ***************************** さて、これらの文献の参考文献となっているのが、14世紀にチェンニーノ・チェンニーニが記した技法書です。邦訳が2種類あります。(岩波版が『芸術学の手帖』(6)原典翻訳にも挙げられています) 『絵画術の書』辻茂編訳 岩波書店 1991年 (ISBN:978-4000003377 5,250(税込)) こちらは3種の写本からの翻訳。ただし、品切れ重版未定。 『芸術の書 絵画技法論』 中村彝 訳 中央公論美術出版 1976年 (ISBN 978-4-8055-1224-1 3,360円) こちらは仏訳からの翻訳。オンデマンド出版で入手可能。 いずれの版でも絵画技法の書として紹介されているように、テンペラ、フレスコ技法に多く頁が割かれていますが、モザイクやブロンズの鋳造法への言及のほか、騎馬試合の衣装の製作法、ガラス窓の制作、布への絵付けの方法といった技法が紹介されるなど、14世紀の芸術工房に委嘱されていた仕事の多彩さが窺えます。 本書は同時代の芸術家に向けた即物的な指南書ではありますが、 随所に、ジョット以降の画家の意識の中に「素描」「自然の模倣」といった概念が生まれていたことを示す記述が含まれるところが興味深い点です。
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