『日本美術を学ぶ人のために』(中村興二・岸文和編、世界思想社、2001年、ISBN4-7907-0858-6)は、「はじめに」に語られるように、美術作品を取り巻く様々な「状況」を紹介するものです。周知の通り、日本の美術は、少なくとも明治時代に「美術」という概念/制度が出来るまで、なんらかの機能を持ち、人間の日常生活に供される「モノ」という側面を強く期待されてきました。例えば、障壁画は室内装飾という機能を持ち、浮世絵は最新の情報を伝達する機能を持っていました。
このようなモノ、すなわち作品は、まず作品化される「対象」(第一章)があって、その作品化の「発注」(第二章)がなされ、「制作」(第三章・第四章)が行われ、「仲介者」(第五章)の手を経て、最後に「受容者」(第六章・第七章)のもとで鑑賞されることになります。こうした作品を取り巻く「状況」を踏まえることによって、「『美術』の豊かで生き生きとしたあり方を、可能な限り具体的かつ全体的に捉えること」、それが本書編纂の目的として語られています。
本書の形式は、例えば、第一章美術の主題《対象とジャンル》に1神仏、2肖像、3景物・・・と続き、一つ一つのキーワードに対して解説が1ページから4ページの中に収まるくらいコンパクトにまとめられています。もし、仏教美術について知りたいと思ったら、第一章の《対象》は1神仏、第二章の《発注》は3僧侶(1天皇、2公家も必要かもしれません)、第三章の《制作者》は2仏師を見る、といったように、辞書的、用語集的な使い方が可能です。
通史を概観するのと併せて、その都度出てくるキーワードを調べるために有用ですし、また、一つの出来事として「美術」を見るための材料を与えてくれる一冊です。解説の内容も、資料を使った濃いものとなっており、各解説の最後には参考文献も記載されています。日本美術研究の第一歩を踏み出す時には、自分の関心のある項目だけでも一度目を通しておきたいですし、また、最後の章には、記録資料の紹介もあり、さらに突っ込んだ研究を進めていく上でも一役買ってくれる本ではないかと思います。
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