日本美術史を学び始める方への基本参考文献紹介、三冊目にお勧めしたいのは、『フィクションとしての絵画――美術史の眼、建築史の眼』(千野香織、西和夫共著、ぺりかん社、1991年、ISBN4-8315-0510-2)です。 本書がテーマとしているのは、タイトルにもあるように、絵画のフィクショナルな部分に、どのような絵師の作為――すなわち「伝えたいこと」――が見出せるのか、という問題です。 これを、豊国祭礼図屏風(第一章・第二章)や信貴山縁起絵巻(第三章・第四章)、扇面法華経(第十一章・第十二章)、春日宮曼荼羅(第二十一章・第二十二章)といった多様な形態の絵画の分析を通して、美術史/建築史が考察を行います。 この二つの領域からの考察は、一度に行われるのではなく、まず美術史(千野氏)が論文を書き、その内容を受けるかたちで建築史(西氏)が論考を行います。次の回では、作品は変わりますが、やはり美術史側が先に建築史が行った論文を受けて、コメントを寄せ、次のテーマに読者の関心を繋げていきます。このような「連歌」ならぬ「連論」というやり方が本書の大きな特徴の一つです。 本書は、「絵師は見たままを忠実に描く、だから絵画は現実社会の再現なのだ、という素朴な議論は、もはや通用しないであろう。」(p84,千野)という強い主張を持ちます。 このような考え方は、現在では当然と思われているかもしれませんが、1980年代後半から1990年代前半に、洛中洛外図に描かれた景観と制作年代をめぐって、「絵画」と「歴史的事実」の関係性について議論が白熱した時期がありました。こうした状況を受けて、本書が著されたのではないかと思います。 しかし、これは既に当たり前になったこととして捨象できる問題意識ではありません。ここ何年か本学の卒業論文等の論文を読ませていただいていると、「非現実をどのように演出し、表現したか」という「絵画化する」ことが抱える問題を意識して研究に取り組めている人は、実はそう多くないように感じます。作品に向かいあうときや、問題を立てるとき、その考察を深めるにあたっても、このような視点を持つことで、見えてくるものが大きく広がり、また、これらの作業をより楽しめるのではないかと思うのです。
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