今回紹介するのは、辻惟雄『奇想の系譜――又兵衛−国芳――』(初版:美術出版社、1970年、新版:ぺりかん社、1988年、文庫版:筑摩書房、2004年)です。著者、辻惟雄氏は、この参考文献紹介の初回に紹介した『カラー版日本美術史』の編者でもあり、近年、『日本美術の歴史』(東京大学出版会、2005年)を著したことでも話題になりました。その研究姿勢は、いっかんして「時代を超えた日本人の造形表現の大きな特徴」(文庫版、p247)をとらえることにあるようですが、これについては美術史学の世界でも賛否両論のあるところです。 しかし、本書が高く評価を受ける理由は、研究姿勢というよりは、その卓越した作品記述にあるのではないかと思います。 本書は、中世末から近世に活躍した五人の絵師――岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我簫白、長澤蘆雪、歌川国芳の画業をたどり、それぞれの作品の魅力を「奇想」という視点から読み解いていくという構成になっています。
この「奇想」と呼ばれる質の内容にはバリエーションがあり、例えば「ぞっとするようなユーモア」(又兵衛)、「冷たい静力学的秩序」(山雪)などといった言葉で作品の質が語られます。このような作品を語るために使われる言葉は、魅力的で、「どう言い表せば良いのやら」と思うような作品の質が、実感を伴って諒解されるような力を持っています。だからこそ、初版出版当時はさほど注目されなかった五人の絵師達は、現在では、展覧会で大きく取り上げられる巨匠として扱われるようになったのでしょう。作品に目を向けさせる言葉の力を感じます。 著者が、あとがきに「いささか放縦な書きぶり」(文庫版:p245)と断るように、本書は実証的な研究という視点から見れば、おおらかというか、鷹揚な研究姿勢が感じられます。論文の初出が、学術誌ではないこともその理由の一つでしょう。それゆえ、研究をはじめて日の浅い人間が真似をするには難しいものがありますが、「作品を見て語る」ことについては、学ぶ所の多い一冊です。 姉妹版として出された『奇想の図譜――からくり・若冲・かざり――』(初版:平凡社、1989年、文庫版:筑摩書房、2005年)も文庫化されていますので、併せて読まれることをお薦めします。
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