柏木博著『肖像のなかの権力 近代日本のグラフィズムを読む』
熊倉一紗 

今回取り上げるのは、柏木博著『肖像のなかの権力 近代日本のグラフィズムを読む』(講談社学術文庫、2000年、ISBN4-06-159414-1、定価860円+税)です。

著者である柏木氏は、ご存知の方も多いとは思いますが、武蔵野美術大学において教鞭をとっておられ、デザイン評論家としてもご活躍されています。主にデザインに関わる著書を多数執筆されており、(例えば『欲望の図像学』未来社、1986年、『デザインの20世紀』NHK出版、1992年、『日用品の文化誌』岩波書店、1999年など)現在、この分野の第一人者ということができましょう。

さて、今回ご紹介する本書では、1930年代から50年代にかけての週刊誌の表紙、グラフ雑誌、絵葉書といった紙物から、住宅の間取り、果てはハイテック・アートからテレビイメージに至るまで、21世紀を生きる我々においても身近にある様々なグラフィズムが議論の俎上にのせられ、縦横無尽に語られています。

その議論の根幹を貫いているのは、このような種々のグラフィズムに潜む「力」の存在を暴きだそうとする意識です。例えば、第一部第二章では第二次世界大戦中に日本でつくられた対外宣伝雑誌『FRONT』(1942年創刊)が取り上げられています。著者は特に「クローズ・アップ」という技法に着目し、このような演出技法が、ありのままの/事実としての戦争を写し取るのではなく、「ありうべき戦争イメージ」を作り出すための仕掛けであったことを主張しています。また、こうした戦争翼賛に使用されるイメージがたやすく革命の表現(例えば、ソヴィエトの対外グラフ雑誌『USSR im Bau』)にも、さらにはハリウッド映画のポスターの表現にも引用されることを指摘します。すなわち、思想や時代を易々と超え、共通の表現形式と意味を有することによって、我々の思想や感性を無意識のうちに支配する図像の「力」に目を向けさせようとしているのです。

我々は、毎日、どこかで、必ず視覚的イメージに接しています。それらは何気なしに我々の眼に「飛び込んできてしまう」ものでもあるでしょう。意識なんて全くしていません。しかし、それらは着実に、そして確かに私たちの考え方や生き方、ものの見方を方向づけているのです。大衆的・日常的なものだけでなく、芸術作品でも事情は同じです。私たちが常識と思っていることやあたり前と感じていることに批判的眼差しを向けてみること。そしてその常識をちょっとだけズラしてみること。視覚的対象と対峙するとき、頭の片隅にでも置いていただきたいと思います。