今回紹介するのは、佐藤道信著『〈日本美術〉誕生――近代日本の「ことば」と戦略』(講談社選書メチエ、講談社、1996)です。 一般的に、「美術」、「絵画」、「彫刻」、「工芸」という言葉は、遠い昔から使われていたもののように思われがちですが、これらは近代に入ってから急速に普及した訳語です。本書は、このような「日本美術」「日本美術史」をめぐる概念と歴史体系が、どのように成り立っていったのかを考察するものです。 まず前半(第一章・第二章)では、主に前述した「ことば」の成り立ちから考察を加え、後半(第三章・第四章)では、「日本美術」が、ひとつの制度として、様々な――おもに日本の近代化をめぐる政治的な――紆余曲折を経てできあがっていく様相を描きます。 本書は、いわば、私たちが研究の対象、あるいは枠組みとする「日本美術」とは、いったいどういうものなのか、ということを、それが生成された「近代」という時代に遡り、また、少し離れた視点から捉えようとする研究です。 著者は、あとがきで次のように述べています。「美術を作ることと語ることは同じではない。“作り”はモノにしばられ、“語り”はことばにしばられる。(中略)本書で見てみたかったのは、まさにその語る主体(“自分”)の歴史と意味だ。(p237)「語る“自分”(主体)の客体化はつねに必要なのであり、それはすべての人に共通なのだ。」(p238)と。 「日本美術史」の研究は、一見すると、私的な興味を満足させるためだけに行われているかのように見える嫌いがありますし、研究の視界がそこにとどまってしまう危険を孕みます。しかし、論文を書き、考えていることを外に向かって表明するということは、この学問領域に対して――大小はあるにせよ――なんらかの一石を投じることに他なりません。というよりも、学生の皆さんにとっての論文執筆が、そうであって欲しいと願っています。自らの行う研究は、自分に対してだけでなく、自分の外側に対して、どのような意義を持つ/持ち得るのか、本書が、これを考えるきっかけとなればと思います。
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