K.クラウスベルク著『ウィーン創世記―絵で読む聖書の物語』
大野陽子 

こんばんは、芸術学コース講師の大野です。

今回紹介するのはK.クラウスベルク著『ウィーン創世記―絵で読む聖書の物語』 三元社、¥ 2,310 (税込)(ISBN: 978-4883030507)です。

本書は、同社が1992年から刊行している「作品とコンテクスト」シリーズの一冊です。(皆さんがお手持ちの『芸術学の手帖』では、「通史」の項目においてシリーズ名で一括して紹介しています。)

「作品とコンテクスト」というシリーズ名からも分かるように、芸術作品を社会的、文化的コンテクストのなかで読み解くという主旨で編まれた本シリーズを形成する各巻は、まさにニュー・アート・ヒストリーの研究成果となっており、いずれも読み甲斐があるラインナップですが、
今回、お薦めするのは、ウィーン国立図書館所蔵であることから《ウィーン創世記》と呼ばれる、6世紀頃に制作された『旧約聖書』の挿絵入り写本をとりあげた一冊です。

現存する数少ない挿絵入り冊子本の一つ《ウィーン創世記》の挿絵には、同一人物が繰り返し一つの場面のなかに登場するという描写法で知られています。クラウスベルクは、この物語描写そのものがいかに生まれてきたのかよりもむしろ、それを美術史家たちがいかに読み、位置づけていたのかを詳細に辿っていきます。芸術を特権的な瞬間を切り取ったものと見なす18世紀の美学に照らし合わせて、極めて奇妙なものとされてきた《ウィーン創世記》における異時同図的な物語描写は、19世紀後半になって美術史家によって新たな視点で評価されるようになります。そうした評価の変遷を辿ることで、クラウスベルクは、「絵を読む」とはいかなることかを明らかにし、また美術作品とその制作者は特定の社会や時代のなかに位置づけられるというだけでなく、それを解釈する研究者もまた特定の社会、時代のなかにあるのだということが浮彫にしていきます。

《ウィーン創世記》は知名度の点でいうと「作品とコンテクスト」シリーズで取り上げられている他の作品(たとえばボッティチェッリの《春》やファン・エイクの《ヘントの祭壇画》)に比べものにならないでしょう。しかし、本書は、美術作品を読み解くという行為そのものに迫ったものとして、美術史を学ぶ上で必読の一冊といえるでしょう。