I 研究の動機と目的
わが国とオランダとは鎖国時代にも交流を続けてきたが、今日の日本ではオランダに関する情報がきわめて少ない。私は3年余をオランダで暮らして、芸術文化が市民生活に浸透していることに瞠目し、それがこの小国のmuseum事情を研究テーマとする強い動機となった。オランダのmuseumの実状を調査研究し、日本と比較することで、今後のmuseumのあり方を考察する。
II 研究の方法
オランダの調査については、オランダ博物館協会、Mauritshuis museum、現代彫刻館Beelden aan Zee の3ヵ所を1999年から2001年にかけて訪れ、担当者のインタビューと資料収集を行った。日本側は、奈良国立博物館を2001年に訪問、館長に面接し資料を入手した。全国の博物館状況については『博物館白書 平成11年度版』(日本博物館協会)を基礎資料とした。
III オランダのmuseumの概観
オランダの国土は九州と同じくらいの小国で、そこに944のmuseumがあり(1997)、面積あたりでは世界一多い。Museumの発祥は18世紀、王室や商人のコレクションが公開されたことに始まる。その後museumは増え続け、20世紀になって急増した。 オランダのmuseumの特徴は、中、小規模館が多数全国に配置され、身近にあることである。入館者層も子供から高齢者まで満遍なく、入館者数は年々増加している。子供や高齢者への優遇策や全国共通museumパス制度などの実施と、充実した福祉や労働条件、ボランティア活動の日常化などの社会環境が、人びとをmuseumへ誘う要因となっている。財政は、収入の3分の2が公的補助金、3分の1が入館料や売店売り上げ、寄付金などで賄っている。支出は、人件費が約2分の1を占める。Museumは補助金を受けても拘束されず、自由な運営をしている。 オランダのmuseumで特筆すべきことは、ボランティアの活躍である。究極の例はDen Haagにある「海の彫刻館 Beelden aan Zee」である。1994年に開設された現代彫刻館だが、公的補助金ゼロ、収入の3分に1を入館料、3分の2を寄付などで賄う私立museumである。正職員は館長と補修員のみ、他はすべて140名の無給ボランティアが支え、高い水準を誇っている。アートに関心を持つ近隣住民が主体的に、誇らしく運営している。
IV 日本の博物館の概況
日本の博物館は、1988年頃を境に郊外に大型館が増えていった。近年、博物館入館者数が減少傾向にあり、特に都心から遠い大型館にその傾向が目立つ。入館者層も、高校、大学生がたった2.1%と、若者の博物館離れが現れている。
V オランダと日本の比較
両国を比較すると、そこには次のような違いが見出せる。 1. 入館者が、オランダでは年々増えているのに、日本は逆に減り続けている。 2. 入館者の年齢層が、オランダでは均等なのに、日本は若者層が極端に少ない。 3. ボランティア活動が、オランダでは日常的でmuseum運営の中軸となって活躍しているのに、日本はボランティア参加者も少なく、補助的役割しか果たしていない。 4. オランダのmuseumは中、小館が身近に数多くあるのに、日本は次第に遠方に大型化し、維持費負担や入館者減に大きく影響している。
VI Mauritshuis museumと奈良国立博物館
さらに具体的事例として共通点の多いDen HaagにあるMauritshuis museumと奈良国立博物館を挙げる。Mauritshuismuseumは1997年に国立から財団に移行し、収入の3分の1が補助金、3分の2を入館料などで賄っている。職員数41名、ボランティア140名。18歳未満は入館無料、65歳以上は半額である。 奈良国立博物館は2001年から独立行政法人化し、今後の財政が懸念されるが、従来システムでは自助努力が湧きにくいと思われる。職員数36名、ボランティア69名。館面積は拡大しているが人員は増えていない。
VII museumの今後のあり方(結論)
オランダのmuseumが上昇気運にあるのに、日本の博物館がジリ貧状態にある。これは、日本の博物館は経済動向に左右され続けて真の文化政策がなかったこと、museumが市民生活に根づいてこなかったことによる。自国の芸術に誇りと愛着を持てる教育と啓発の政策で土壌づくりをし、ボランティアの認識を改めて市民の力を活用すべきである。
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