美術館教育の可能性
 2001年度卒業論文
駒井勉 
(29851190)

序論

新学習指導要領の基で、2002年から 開始される「総合学習」の目的とし て「生きる力を育む」という事が掲 げられている。山折哲雄は「芸術の 力、美的感動の力は人間を生かす」 と云った。さすれば、多くの芸術作 品を擁する美術館は、子供達に美的 感動の力を与え得る可能性を多く秘 めている、故に、人間(子供達)を 生かす事が出来得ると云える。現在 の学校現場は危機に瀕していると云 われて久しく、元来生きる力を培わ れなければいけない学校で、逆に子 供達の力が削がれている観がするの である。この現状を打破する起爆剤 としての働きが、美術館は可能とな るのか。子供達に芸術・美術を通し て生きる力を与える事ができるの か。 
すでにアメリカの博物館や美術館は 子供に対して、多くの教育的配慮が 成されている。

1.アメリカの美術館事情

その歴史は19世紀後半に遡る。当 時、同時代に成立した学校教育と関 係して教育機能を果たしてきた。子 供を対象とするチルドレンズ・ミュ ージアムが設立されてから100年が経 過した。アメリカ全土におよそ400館 ある。これらの館がそれぞれ対象を 絞り、よりきめ細かな教育を提供し ている。

(1)キャピタル・チルドレンズ・ミュ ージアム  
70名のスタッフにより運営される このミュージアムは、付属のチャー タースクールも運営している。定員 175名のスクールの職員は14名であ る。学習困難な生徒110名を受け入れ ているが、密度の高いカリキュラム を実施し、博物館キューレターも援 助している。  ワシントンDCという 国際都市にある為、日本、メキシ コ、タイ、インドなどの展示があ る。また、ワーナーブラザーズの寄 付によって出来たアニメーション制 作が可能なスタジオがある。

(2)IMLS(Institute of Museum and  Library Service)
アメリカでは学校と博物館・美術 館との連携事業を、盛んに行ってい る。1998年の統計によると88パーセ ントがパートナーシップを組んでい る。その推進役として重要な役割を 果たしている組織がIMLSである。 IMLSは学校と博物館・美術館双方で チームを組む事(Team Project)を 奨励している。

(3) フィラデルフィア美術館
年間予算2000万ドル(200億円)の この美術館は、400人のスタッフであ る。教育部には20人のスタッフがい る。毎年8万人の学生を受け入れてい るが、そのレベルに応じたカリキュ ラムが開発されている。美術館ティ ーチャーが毎朝迎える小学生は、お よそ500名。彼らは子供専用の入口を 利用出来る。

(4)美術館教育について
以上のアメリカにおける美術館教 育は、過去20年程で制度的状況が整 えられてきた。 この制度の整備とともに、教育理論 の構築を進めている美術館は成功し ている。ミカエル・スポックは美術 館教育の課題について「他人と共生 し思考する社会的生き物としての人 間存在を重視し、それらに生き生き とリンクしている展示機会を来館者 に与える事が重要である」と述べて いる。

2.日本の美術館教育事情

アメリカに比べ、日本の美術館の 制度的状況を、大島清次は「劣悪に 近い状態にある」と主張する。特に 教育普及が独立して研究活動してい る所は殆ど無い。その中で、1人光る 美術館がある。

(1) 世田谷美術館 設立時より区内全域の小学校を受け 入れてきた。今年も全64校が来館し たが、事前授業として来館前に学校 で鑑賞授業を実施したのは44校だっ た。市民ボランティア活動や、美術 大学として行う区民対象の講座やワ ークショップの数々は、頗る充実し ている。学芸員12名中の5名が教育普 及課のスタッフである。専門に教育 普及事業を行い、成果を着々と上 げ、今や、自分が小学生の時に鑑賞 教室で来館した者が、受け入れ側と して活躍できる歴史を蓄積してい る。

(2)滋賀県立琵琶湖博物館・滋賀県立 近代美術館
世田谷に対して、滋賀の2館の例は 様相が異なる。それぞれ担当者は、 少ない予算と少ない人員で、孤軍奮 闘している。琵琶湖博物館の教育担 当者は、任期の3年を間もなく迎え、 蓄積したノウハウが今後活かされる か不安である。また、近代美術館の 教育担当学芸員は、1998年時には子 供向けの教育印刷物の費用さえ実質 無いという窮状を述べていた。

(3) 滋賀県における学校と博物館・美 術館、地域との連携
そのような劣悪な状況下でも、意欲 的な取り組みを続けてきた。そし て、その活動が実り、2000年10月 に、博物館・美術館、地域住民そし て学校という3者が連携協力して行 うという画期的な事業が行われた。 アウトリーチ活動として、県立近代 美術館、県立陶芸の森、私立MIHO MUSEUMの3館が草津市立老上小学 校で鑑賞授業を行った。この博物 館・美術館と学校を取り持ったの は、草津市民のNPOボランティア・ グループだった。
2001年6月14日「造形表現・図画工 作・美術教育研究全国大会」の会場 として、草津市立老上小学校が決ま り、そこで3館が公開鑑賞授業を行っ たのである。  全国的にも稀有な授業に、当日見 学した文部科学省視学官が大絶賛し た程で、生徒達の反応も良かったと 云える。

(4)MIHO MUSEUMの事例  
MIHO MUSEUMは、オープン当時 より子供対象の教育プログラムを展 開してきた。そこでは、常に大人達 が驚く子供の可能性が発揮されて来 た。老上小学校での最終授業の制作 を担当した私は、子供達の生き生き とした姿を目の当たりに出来た。予 定の2時限を過ぎても黙々と制作を続 ける子供達、その時の教室は「学級 崩壊」や「いじめ」等、微塵も感じ られなかった。

3.今後の課題

教育の語源は、「抽き出す」とあ る。本来その人の内にある可能性を 「抽き出す」こととそれを「育て上 げる」ことが教育であろう。その意 味において、美術館は、時代の文化 の美しい結晶である美術品を持ち、 それらを通して、子供達の内にある 可能性を抽き出し育て上げる事が可 能な教育機関である。美術館の機能 を最大限に利用して、教育活動を展 開している欧米諸国。それに比べ て、はなはだ遅れを取っている日本 の美術館教育の研究開発が今後の重 要課題であろう。