サイコスリラーの誕生
 ヒッチコック映画作品『サイコ』にみる恐怖の演出
 2001年度卒業論文
西田亜沙未 
(30051428)

アルフレッド・ヒッチコックは映画界の中で巨匠と呼ばれ、今でも、映画を作る技術や、恐怖の演出、ユーモアあふれる映画作りに関して、すばらしい監督だと絶賛される人物の一人である。彼は、1899年にイギリスのロンドンで生まれ、1940年、故郷イギリスからアメリカに渡って来た。ヒッチコックは故郷のイギリスで培ってきた映画制作に関するさまざまな経験を生かし、多くの傑作を生んだ。特に、サスペンススリラーにおいて大変な傑作を生み出した彼だが、1960年に発表した『サイコ』で、新たなジャンルを作った。それが、サイコスリラーである。映画『サイコ』は、ヒッチコックの恐怖を代表する作品となった。公開当時、『サイコ』は多くの観客に恐怖とショックを与えた映画である。そして、今日でもその恐怖は衰えず、高い評価を得ている。それまでのハラハラドキドキさせるサスペンス映画ではなく、新しい恐怖、つまり、日常の誰もに起こりうるかもしれない人間の深層心理に関わる恐怖の世界を作り出したのである。しかし、高く評価しているのは、映画に関する専門家の意見である。では、ただ映画が好きだという素人同然の人から見て、本当に高い評価に値するほどの恐怖の表現がなされているのだろうか。また、わたしたち、つまり、残酷で生々しい恐怖映画を多く見てきている10代や20代の若者が、今ヒッチコックの映画を見て本当に恐怖を抱くのだろうか。今もまだヒッチコックの映画を見て面白いと思えるのだろうか。わたしは、映画『サイコ』を見て怖い、面白いと感じた。それはなぜなのか。もし、今の若者が見て面白い、怖いと思えるのならば、それはなぜなのか。怖いと感じさせるその恐怖とは何なのか。ヒッチコックはいかにしてその恐怖を表現したのであろうか。
今まで、ヒッチコックの恐怖の表現についてはさまざまな人たちが絶賛してきた。たとえば、みのわあつお氏は『ミステリー・サスペンス映画の愉悦』の中で、「最近のホラーなら、ストレートに見せてしまうところを、ヒッチコックは暗示的なビジュアルで表現している。こうした“一目ではわからない”ようにも描き分けるヒッチコックの大胆かつ緻密なビジュアル・センスとテクニックには改めで脱帽だ」と記している。また、何度目かのサイコスリラーブームの火付け役となったあの有名な『羊たちの沈黙』は、『サイコ』から影響を受けて作られた映画の一つである。
今でもヒッチコックについて多くの研究がなされ、多くの人々をひきつけてやまない彼の、そして、現代の有名な映画監督にまで多大な影響を及ぼし、その意味では、映画ファンに多くの恐怖を提供してきた彼の恐怖の表現、演出とはどんなものなのだろうか。私は、彼の恐怖の表現を、代表作である映画『サイコ』を通して分析していくことで、答えを出せるのではないかと考えたのである。そこで、まず、ヒッチコック作品として『サイコ』と他の作品を取り上げ、殺人シーンであるシャワーシーンのリズムや、白黒の使い方、つまり、光と影の使い方特に、モノクロを使ったこと、人影の演出方法について、それぞれの表現技術など、恐怖をもたらすのに効果的だと思われる特徴を考察をし、次に、その特徴が観客にどのような効果をもたらすのか、なぜそれが効果を持つのか、つまり、恐怖の理由を、『サイコ』見られる恐怖の分析によって、浮きぼりにしてみたいと思う。そして、最後に、他の監督との比較、特に現代の監督との比較によって、ヒッチコックの恐怖とは何なのかについて考察していきたいと思う。これらの考察によって、なぜヒッチコックが今でも多くの人に支持される監督の一人であるのか、私たち現代の若者にも面白いと思える恐怖を作り出しているのかがわかるであろう。