《ヴァイナーの窓》にみるゴシック・リヴァイヴァルのかたち
 その意義とその影響
 2001年度卒業論文
竹内 有子 
(30051517)

 英国、オックスフォードのクライスト・チャーチ大聖堂にウィリアム・モリスの《ヴァイナーの窓》というステンドグラスがある。この窓は不思議と見る人をゆったりとした気持ちにさせる。一体、この窓の魅力はどこからくるのだろうか。一方、モリスが生きた19世紀の英国ではゴシック・リヴァイヴァルが起きていた。彼も中世に憧れその復興を試みる。モリスの中世志向は彼の作品にどのように表れ、またそれはこの窓の魅力と関連があるのだろうか。本論ではステンドグラスを中心に、モリスの芸術作品がゴシック・リヴァイヴァルとどのような影響関係にあったかを考えながら、《ヴァイナーの窓》の本質を探ってゆきたい。

第一章 ゴシック・リヴァイヴァルの源泉

ゴシック・リヴァイヴァルという言葉は、一般的にはルネサンス以降、中世芸術に刺激を受けた芸術作品について用いられるが、英国では特に1820年から70年にかけて建てられた教会建築をも意味する。この英国における中世復興は18世紀に溯る。それには英国のピクチュアレスク・崇高の美学と、ロマン主義芸術の大きな影響があった。

第二章 19世紀のゴシック・リヴァイヴァル

19世紀中頃になると次々に教会が建築・修復され、あらゆる分野に中世復興運動が浸透し、一大ブームが巻き起こる。このゴシック復興に大きな影響を与えた人物はピュージンとラスキンであった。彼らが社会と様式の結び付きに着目したことに注意したい。ピュージンは宗教的回心をもって個人として活動し、ラスキンは本質的に理想家であって、その理想の実行はモリスへ受け継がれた。しかしゴシック復興は80年代中頃には衰退し、世紀末にはアン女王様式にとって変わられることとなる。

第三章 モリスの称賛するゴシックとは何か

ラスキンの「ゴシックの本質」を支持したモリスであったが、同時代のゴシック復興をどのようにみていたのか。モリスが理想としたのは13-4世紀のゴシックであるが、彼は19世紀と14世紀のゴシックには共通する基盤がないという。彼はゴシック復興主義者が行ったような様式自体の模倣ではなく、中世社会の精神に理想を見出すのである。

第四章 モリス作品にみる「中世」

モリス商会の初期ステンドグラスは、意匠の用い方などに中世の影響が色濃く見られる。それが段々と変化し、中世の様式にとらわれなくなってゆく。《ヴァイナーの窓》は最初期のモリス商会の窓と違って、色数を制限し、鉛枠を大きく分割し、流れるような曲線を用いている。ゴシック期の窓と比べると、表面上に中世の面影はないように見える。しかしモリスが行ったのは、ラスキンから受け継いだゴシックの本質の実践と、彼がゴシック建築において称賛する<率直さ>、中世工人の魂であるゴシック精神の実行であった。それに加え、彼自身の物語性が、この窓の独自性である大らかさを作り出しているといえる。
モリスの全芸術作品についていえることは3点ある。1点目が、それぞれ中世から出発しているが、ゴシックそのものの模倣は避けられていること。2点目が、形態のシンプルさを身上とし、構造を重視していること。3点目が材料にこだわり、中世の手法で製作されていることである。中世職人の精神に帰って作ることが、モリスのステンドグラスの良さに連結しているのである。

第五章 その後の作品とステンドグラスの関わり

ステンドグラスは商会作品の先駆けであり、その後の方向性を明確にしている。骨組みである鉛枠を構成上正直に使い、単純にして最大の効果をあげたこと。中世ディテールのコピーだけではないものを作ること。中世技術を復興させ、<協同>・<自由>・<調和>の職人作業にモリスは中世社会のシステムを見出す。これがモリスの解釈したゴシックの精神であり、以降実行され続けるのである。

第六章 結論

ゴシック復興はモリスに中世職人の立場で考えるきっかけを与えた。それがアーツ・アンド・クラフツという新しい運動に結実する。《ヴァイナーの窓》をみて私たちが心打たれるのは、それがシンプルの極みでありながらも美しいからである。英国の美しい自然とロマンス、宗教で括れないもっと以前の大らかな人間の姿。これはラスキンの「ゴシックの本質」を、職人の立場でモリスが実践した成果である。この窓は、神に奉仕されたゴシック期の窓の在り方とは違う。近代にあったモリスが中世工人の心でゴシックの精神を実践した時、このような表現が完成したのである。