バロック期ローマ・カトリック教会堂の空間造形分析
 ベルニーニとボッロミーニの創出した教会堂空間の特質
山下裕子 
(30051405)

 これまでの研究成果によってバロック芸術は、為政者や権力者の統治の栄光化と、信者のカトリックへの信仰心と教会への帰依を深めるための時代と社会に密着した民心掌握の為の政治的芸術形式であったことが明らかにされている。バロック様式とは宗教的危機に直面したカトリック教団の対抗宗教改革としての姿勢が生み出した芸術様式と理解できる。バロックの宗教芸術は、民衆を鼓舞し説得するあらゆる表現方法を獲得し行った。特に教会堂はそれ自体が一つの印象的な教訓となるよう、そして熱烈な宗教感情を共有し、雄弁で熱情的なミサを盛り立てる効果的な舞台装置として機能するよう、明確な作劇法に基づいて制作されるに至る。本稿ではベルニーニのサン・タンドレア・アル・クイリナーレと、ボッロミーニのサン・カルロ・アッレ・クワットロ・フォンターネを取り上げ、従来の研究では欠落しがちであった、教会を一つの総合的な環境として捉えると言う視線から、空間造形(観者を取り巻く一つの環境として総合的に作用する空間を形作る造形の総体という意味)を総合的に分析し、バロックの構築した空間の様相を明らかにすることを目指した。

 ベルニーニのサン・タンドレアの内部では、絵画、彫刻、建築、光、色彩という造形的要素が全て融合し合い、聖アンドレアの「地上での殉教から昇天」というドラマのイメージを完成させている。そこに再現されたのは昇天という幻想的世界の感覚体験を「視覚化」した世界であった。ベルニーニの教会堂は彫刻を中心に建築・絵画といった視覚芸術を統合し、綜体として舞台空間を完成する総合芸術だったと言える。幻想的な感覚体験のイメージを三次元的に視覚化した劇場空間であり、人々の注意を神的なものの観相へと導く極めて祈祷的な機能を発揮していた。建築はドラマの展開する箱として、古典的安定を保持しつつ劇性に奉仕し、造形統合する中心には彫刻が置かれ、空間を意味の上で統一しているものはドラマであった。彼が目指したのは視覚の可能性の探求であり、彼の教会堂空間とはあらゆる素材の視覚的効果を駆使して演劇的に表現された「幻視の空間」であったと言えよう。その空間特性は視覚的エレメントを建築躯体に調和的に付加することで生まれた装飾空間だと説明できる。

 一方ボッロミーニのサン・カルロは、輪郭線を波動させる凝縮した手法により、建築形態を連動的な形態に変質させ、力の流れを生み出し動的なリズム・躍動感を現出させている。そこでは建築要素の陰影と空間のひずみだけで、現世から天上へと昇り詰める劇的なドラマが生み出されている。彼の教会堂は、空間を成形させることによって現出する幻想の体感を目指した空間造形であり、空間の形が人間に与える効果を狙った画期的な造形表現だったと評価できよう。彼が目指したのは身体感覚を揺さぶる「眩惑の空間」だった。それは彼が空間を自由な造形の対象として取り扱った創意と、建築の古典主義的手法から離れ幾何学的作図法を採用した独創によって達成された彼独自の反古典的な幻想表現、空間認識の革新であったと言える。彼は彫刻等の装飾や題材の寓意的な特質に依存することなく、建築的素材のみから有機的な美で空間を表現したのだった。ベルニーニの作品が比例的な調和と視覚芸術の統合そしてドラマを用いて、具体的、即物的、演劇的であるのに対し、ボッロミーニは幾何学的作図法と形態の統合を駆使して、抽象的、観念的、精神的な作品を創造したと言える。

 視覚的効果の探究を試み、視覚的素材を統合したベルニーニ、飽く迄建築の枠内に止まり空間の自由な造形の可能性を追求し、空間の統合を試みたボッロミーニ。前者が扱ったのはイメージと空間の表層を飾る造形物であったのに対し、後者が扱ったのは建築躯体、空間そのものであった。そして彼らが目指したのは各々視覚性を強調した「幻視の空間」と、全身体感覚に訴える「眩惑の空間」という宗教的環境の形成だった。その様な彼らの芸術的な革新を推進した一番の要因は、対抗宗教改革という宗教事情であったのだった。

 両者の差異は対抗宗教改革美術の多様性の一端を示している。対抗宗教改革という尖鋭化した目的への奉仕が義務づけられながら、バロック美術は、民衆に強くアピールするあらゆる表現方法を獲得していった。社会に密着した芸術様式であったバロックの教会堂という都市建築の空間表現の豊かさは、近代以降の公共的な造形物の芸術性を問う指標としても意義深い存在のように感じられる。バロックの造形美術の実態を更に詳しくしていくことで、パブリックな美術を分析する上での立脚点を確立することが可能かもしれない。