彫刻家 舟越桂論
 まなざしの秘密
 2002年度卒業論文要約
飯田ひとみ 
(30151475)

はじめに

彫刻家・舟越桂は、彫刻家・舟越保武の次男として生まれ、家族全員がクリスチャンという中で育つ。1980年以降木彫を本格的に開始し、現在、日本国内だけではなく海外でも高く評価される現代作家を代表するひとりである。                              
舟越桂の作品のほとんどは、腰から上の半身の木彫で、無表情で遠くを見つめるまなざしを持つ存在感のある頭部がはめ込まれている。その眼は彩色された大理石を用い、その半身にも彩色が施されている。舟越桂の作品評論は、中世彫刻との類似点をあげるもの、作品のまなざしについての魅力を語るものが多く、作品のまなざしが観るものを魅了する力を秘めていると考える。
このまなざしは、どのような意味を持ち、作品の造形とまなざしの魅力は何であるのか。舟越桂は木を彫って人を創っているが、それは何を表現しようとしているのか。
本論文は彫刻家・舟越桂自身と作品、そのまなざしの秘密について考察する。          

第1章 現代美術における舟越桂の作品の位置
                                  
舟越桂が本格的に彫刻に取り組み始めた1980年代は、抽象彫刻やコンセプチュアルアートの全盛の時代であった。このような時代の中で、なぜ、舟越桂は具象彫刻を選び、木という素材を選んだのか。また、木のなかでも「楠」はどのような意味を持つものなのか。1990年代以降、木を素材とする作家たちが多く登場するとともに、具象作品が見直されている。舟越桂の作品は、具象彫刻のもつ魅力と力を再確認させてくれるものである。
以上のことから、現代美術における舟越桂の作品の位置を考察する。                              
 
第2章 作品の中世彫刻との造形比較とカトリックの影響 
                           
舟越桂の彩色した木彫に玉眼を内側から眼孔にはめ込む技法は、日本の鎌倉彫刻の特徴的なものである。この技法と日本の伝統的な木彫像を制作していることを考えると日本の伝統的な彫刻を受け継ぐ彫刻家としても捉えることもできるだろうが、本当にそういえるのだろうか。木彫に彩色する形式は鎌倉彫刻だけでなく、中世彫刻と類似する点が多い。
舟越桂の作品と中世彫刻との具体的な造形的比較から作品を考察するとともに、舟越桂がクリスチャンであることから、造形にみるカトリックの影響を考える。


第3章 タイトルの作品への影響       
                     
舟越桂の作品のタイトルは、「山・水・言葉・月・森」という言葉を多く用い、文学的・詩的なもので、作品にさらに魅力をあたえているもののように感じられる。現代美術作品のタイトルに「無題」のものが多い中、彼が作品にタイトルをつけるのは非常に特徴的なものである。タイトルの言葉のイメージは、作品の魅力を増す役目を担っている。
舟越桂がタイトルとして使用する言葉を中心にタイトルの作品へのイメージの影響とカトリックの影響を考察する。      

終 章 現代社会における舟越桂の作品とまなざしの秘密
     
なぜ、今、舟越桂の作品に注目が集まるのか。それは、作品の持つ魅力はもちろんのこと、現代社会とは無縁なことではない。時代を代表する作家や作品は、その時代によって生み出され、その時代の必然性によって、見出されてきた。         
現代社会において、舟越桂の作品は、どのような意味を持ち、観るものを魅了するものは何であるのか。その魅力の根底には不思議なまなざし、タイトル、そして、作品に現れる精神性にある。何よりも、そのまなざしが担うものも大きいと考える。舟越桂の作品の静かに遠くを見つめるまなざしは、存在感があり、神秘的で精神的なものを感じさせるとともに、観るものの心を魅了する。その同じ要素を強くもつものには、キリスト教の礼拝に使用されるイコン・聖なるものがある。舟越桂の作品は不思議な魅力があり、作品の先にある目に見えないものを想像させ、イコンと同じ要素を持っていると思われる。
舟越桂は木で現代に生きる人々を彫っている。それは作品の先にある自分自身の中の聖なる部分に向き合わせる静かな力を持つ。舟越桂の作品は、現代の社会によって生み出された現代のイコン像であるのではないかと考える。