高橋由一の肖像画に関する考察
 ―《小池虚一斎夫妻像》を中心に油彩で描かれた肖像機能と表現の問題―
 2003年度卒業論文要約
藤井英恵 
(29951028)

1)本稿の課題
 高橋由一(1828-1894)は西洋画法を導入し、その普及に努めた近代洋画の開拓者である。著名な《鮭》(1877)や《花魁》にみられる表現から、「迫真」の語とともに語られ、対象に即した描写へのこだわりが特質として指摘される。
 由一の制作した《小池虚一斎夫妻像》(1887-1888)(以下《夫妻像》)は、縦44.5センチ×横70センチの画面に油彩で小池夫妻が描かれている。この肖像を中心に、由一が油彩で描いた肖像の機能が表現におよぼす影響を考察することが、本稿の課題である。

2)論旨の展開
 ―第1章《小池虚一斎夫妻像》の機能
 制作の経緯を追うことで、《夫妻像》の追善供養像としての機能をあきらかにする。また受容者である遺族は江戸までの伝統的な肖像に連なる意識で制作を依頼し、由一は《夫妻像》の果す機能を十分承知していたことを確認する。

 ―第2章 由一の「迫真」
 ―第1節 油画の実用性と迫真描写
 国が実用技術として油画を重視した時代に、由一も油画の実用性を強調し、鮭など身近な卑欲なモチーフを描き、理想化しなかったためにモデルを怒らせた《花魁》のような作品を描いたことが、由一の対象に即した迫真描写に寄せる情熱の裏づけとなってきたことを述べる。
 ―第2節 由一の肖像における「迫真」
 由一の言う「迫真」の意味を探る。由一の言う「迫真」とは、旧来の意味での「写真」に連なるものであり、西欧の肖像画に対しても自らの肖像意識に引き寄せて理解していたと思われる。

 ―第3章《夫妻像》と伝統絵画
 《夫妻像》の表現を具体的に検討する。その結果、顔の表現や顔と身体に向かう意識の違いなど、伝統的な肖像への志向が認められた。それは単に技法や意識の未熟さの問題なのか、疑問を提示する。

 ―第4章 由一の肖像画と機能
 由一の制作した肖像画のなかでの《夫妻像》の位置を示す。そして伝統的な肖像画への志向が強いのは、死者を描いた追善供養像であることを述べる。

 ―第5章 《夫妻像》の機能と表現
 明治期においても由一を含めて人々は近代以前の肖像観を持っていた。祭祀の対象として新たな文化である油画を受容する過程で、その表現に伝統的な祭祀像の表現が強く表れてきたと思われる。

3)結論
 近代的な視線への変化により「迫真」描写とともに語られる由一であるが、肖像画に対する由一の意識は、旧来の意味での「写真」と重なるものであった。
 《夫妻像》に認められる伝統的な肖像への志向は、単に技法や意識の未熟さの問題ではなく、聖性を備える祭祀の対象として新たな文化である油画を受容する過程で、つよくあらわれたのだと思われる。それが意識的に選択されたのかは推測の域を出ないが、《夫妻像》の機能が表現に作用していたことは否定できないだろう。