本論は、西洋におけるステンドグラスの歴史を踏まえた上で、ルネサンス以降の、ステンドグラスが衰退していく現象について考察することを目的としている。 「はじめに」では、あらゆる分野の歴史というものが、何らかの変化や展開をみせる時には、その都度、時代ごとの社会や文化、あるいは思想などが背景として絡んでいるはずで、美術においても同様であることが、まず示唆される。そして、本論のテーマとなるステンドグラスに関する情報として、それが、信仰心によって産み出された芸術であるということ、また、それは、新約聖書に著された「神の国」を再現するための手段であった、というステンドグラスが作られた動機を提示する。その後、西洋におけるステンドグラスの歴史を、十三世紀から十八世紀まで、ごく簡略的に概観し、先行のステンドグラスに関する見解を踏まえた上で、それは、十三世紀に盛期を向かえる、すなわち、ルネサンス以降衰退してゆく、という著者自身の主張を提示する。 一章では、まず、ステンドグラスについて考察するにあたり、最も重要な人物となる、サン・ドニ修道院長シュジェールが紹介される。彼によって、当時、ステンドグラス制作の原動力となった「光」への信仰が広められた。「光への信仰」、それは、神は光の中に存在する、というものであった。当時の人々は、「光という物質性のないものの中に、「神」の存在を見出していたのである。つまりは、光は神の象徴であったのだ。同章では、こうした当時の人々の「光」に対する思い入れとあいまって、ステンドグラスという芸術の象徴性も述べられている。 二章では、一章で導き出されたステンドグラスの象徴性が、そこに表わされた図像からもうかがえるということで、ゴシック時代の、ステンドグラスが数点取り上げられ、その象徴性について論述される。そして、人物の目や服のしわ、髪の毛などの表現から、当時、いかに「光」が意識されていたか、という見解が提示される。 三章では、二章で述べたステンドグラスの様相が、ルネサンス時代になるとかなり変容するということが論じられる。まず、変容を引き起こした背景として、イタリアにおけるルネサンスの影響というものに着目している。すなわち、フランス・ゴシックの「神」中心であった世界への、イタリア・ルネサンスにおける「人間」中心主義思想の影響である。イタリアの、この思想によった美術の影響が、ステンドグラス変容の要因としてあげられる。一方で、中世のステンドグラス職人が代わり、専門の絵師が登場したことも、大きな要因としてあげられている。そして、実際どのように変容したのか、作例をあげながら論述されており、本章における締めくくりとして、ルネサンスの影響が、ステンドグラスになくてはならない「光」を奪うという結果をもたらしたことが提示される。 そして四章では、二、三章でみた、ステンドグラスの変容の要因となった、時代の風潮以外の要因として、技法の開発に焦点があてられ、中世におけるステンドグラスの製作法にはじまり、時代とともに新たに考察されてゆく技法の数々が、図版を交えて紹介される。人物はよりリアル表現できるようになり、絵画のような微妙なニュアンスの色をのせることを可能にした新たな技法。この技法を駆使したルネサンス以降のステンドグラスに関して、美しいものでありながら、それは、もはや「光」を媒介とする芸術でなくなってしまった、という見解が本章で提示される。 最終章では、ここまでの考察の結果としてルネサンス以降の、ステンドグラス衰退の要因は、「光」を失ったことである、と結論づけられる。そして、十六世紀の、新たな技法と絵画のような描法を用いたことは、ステンドグラスの本質と関連して、決して適していたとは言えず、さらには、ルネサンスの時代の風潮は、ステンドグラスという芸術が持っている特性と合致しなかったのではないか、という見解を導き出している。加えて、ステンドグラスは十三世紀に盛期を迎える、とする著者の主張が間違いではないことを強調している。
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