文庫その他

タッチ・エキシビションに関する報告
 (1997)
滋岡陽子 
((京都造形芸術大学大学院修士課程比較芸術学修了))

タッチ・エキシビション(作品に触れて鑑賞することのできる展覧会)が初めて日本に紹介されたのは、1979年フランスのポンピドー国立芸術文化センター<子供のアトリエ>による「手で見る展覧会」である。この展覧会は、これまでの視覚優先の展覧会の形態に疑問符を投げかけて日本の美術界に大きな衝撃を与え、これに影響を受けて5年後には東京、渋谷に「手で見るギャラリーTOM」が開館されることになる。その後、兵庫県立近代美術館が、同じくギャラリーTOMの仲介により、フィラデルフィア美術館における視覚障害者のための教育プログラム「フォーム・イン・アート」を移行するかたちで1989年、第一回「美術の中のかたち」展を開催。翌90年より兵庫県立近代美術館の自主企画として1995年を除く毎年開催されており、これは現在日本の公立美術館の試みの中で最も長く続いている。

「手で見る展覧会」が鑑賞における「触覚」の可能性を強く打ち出したものであったにもかかわらず、当時はもとより現在でも日本においてタッチ・エキシビションは「視覚障害者のための展覧会」という解釈をされることが多い。「開かれた美術館」というキャッチコピーのもとに美術館が身障者に対して門戸を開くため、タッチ・エキシビションはその恰好の手段となったわけである。しかし一方で「触覚によって美術を楽しむ」という純粋な目的、あるいは可能性が取り残されたことも事実であり、現在静岡県立近代美術館は<ロダン・ウィング>における触察を、視覚障害者にしか許可しておらず、兵庫県立近代美術館の常設展示室において作品に触れることが許されるのも視覚障害者のみである。

もっとも兵庫県立近代美術館の「美術の中のかたち」は今年7回目を迎え、視覚障害者、晴眼者を問わず、鑑賞者が純粋に「触」を体感するための展覧会となっている。今回「美術の中のかたち」を担当した服部正学芸員(普及課)によれば、あくまで「触」をテーマにどのような展覧会ができるかを追究したもので、視覚障害者のために企画した展覧会ではないという。作家の「触」への関り方が感じられる作品を選び、鑑賞者にも「触」を強く認識できるような展示をした。視覚障害者に対しては、せっかく作品に触れることのできる展覧会を企画したのだから、彼らにも鑑賞がしやすいようなソフトをと考え、点字キャプションや感想記入用の点字版を用意し、県下の盲学校等への案内を行ったまでである。しかし、このような企画もマスコミを通して社会に発信されるときには偏った強調が施され、「視覚障害者のための展覧会」という解釈をされてしまうことには不満が残る、ということであった。

今後、タッチ・エキシビションはどのように継続されるのが望ましいだろうか。視覚障害者、晴眼者を問わず作品に触れることを望む人々のために、企画者の意識が問われる時期に至っているように思う。


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