市民が支えるミュージアム(。)―“鳥のようにボランティアが集まって来る”オランダのミュージアム―ボランティアが運営する Beelden aan Zee(海の彫刻館)
角橋 佐智子 

 これまで(氈j、()の2回に亘って北海道と兵庫県三田市の2館のミュージアムボランティアの事例を紹介したが、ここで私がオランダで見聞した現代彫刻館Beelden aan Zee(海の彫刻館)の例を記して、日本のケースと比較したい。
 オランダ・ハーグ市の海岸通りにあるBeelden aan Zeeは、1994年に元大学教授夫妻によって創設された財団が運営する中規模の現代彫刻ミュージアムである。この館の特色は、近隣住民によるボランティアが主軸となって運営されていることである。同館は、建物やコレクションの管理部門、調査研究や企画部門など機能別に4つの部門(財団)に分けられ、それぞれ独立採算制をとりながら、館を核に協調している。その1部門が館の日常運営を担当し、有給の職員は館長のみで、その他140人の無償ボランティアたちが一切の業務を担っている。ここでは「館とボランティアはパートナーである」ことが浸透し、館の近所に住む人びとが集まって来てローテーションを組み、各部署に配置している。具体的な活動内容は、受付や発券、ミュージアムショップやカフェの運営、広報活動、館内巡視、資料収集整理、目録作り、作品ガイドなどなど、ミュージアムに必要な日常業務すべてに及んでいる。勤務時間は、2週間に1度の全日勤務(10:00〜17:50)、1週間に1度の半日勤務(10:30〜14:00、13:30〜17:00)の2形態で、各自都合に合わせて2人1組でスケジュールを組み、時々持ち場を交代して全員が館の仕事を把握するよう工夫している。
 現在140名のボランティアが登録されているが、その多くは中高年女性である。ボランティア希望者は経歴書を提出し、その時この活動に参加する動機を明確に伝えて面接を受ける。ここで館とボランティアはパートナーであることを確認し、主体的に活動することを求められる。そして8ヶ月間に20回の研修講座を受けた上で実働に入っている。ボランティア要員の募集方法を、財団創設者の娘でコーディネーターの女性に聞くと、彼女は両手をひらひらさせて「鳥のように集まって来る」のでわざわざ公募する必要がないという。ハーグの街に群れ飛ぶカモメのように、自然に人々がミュージアムに集まって来るというのである。
 このことは、館の周辺にはボランティア希望者が層を成して住んでいるということである。
 ハーグは人口50万(オランダでは3番目に大きい都市だが)の中都市である。ここにミュージアムと名の付くものが26館あり、Beelden aan Zeeだけが特別なものではなく、それぞれにボランティアがいる。
 オランダボランティアセンターの統計によると、18歳(成人)以上のオランダ人の4人に1人が週平均4時間は何らかのボランティア活動に参加している。この市民層の厚さには驚かされるが、その背景には@オランダの優れた社会環境と、A自由な教育の成果が存在する。
@ については、オランダの労働時間は週37時間(2010年には32時間になる)、しかもフルタイムとパート労働は単に労働時間の長短にすぎず、差別がない。そのためオランダの労働者の40%がパート労働を選んでいる。上司がパートで部下がフルタイムというケースも珍しいことではない。さらに、充実した社会福祉制度の安全ネットが張られているので日常のくらしに不安がない。これらは生活に時間的、精神的ゆとりをもたらし、人びとを無償のボランティアなどの活動へ向かわせる大きな要因となっている。
A については、学校の数だけ教育方針があると言えるほどのオランダの初等、中等教育の自由さである。小、中学校では、大枠の水準は決められているものの、国や自治体の意向から完全に自由である。学校ごとに方針やカリキュラムを作成し、芸術科目は他教科と同等に扱われ、定期的に何度もミュージアム訪問を取り入れているところが多い。
 幼少時からミュージアムに親しむ機会を多く持って成長すると、大人になってもミュージアムが身近かなものとなる。そうした良い循環がオランダ社会にはある。翻って日本の社会をみると、長時間労働と不安定な社会保障制度、そして国からの規範に厳しく拘束された教育と堅固な受験体制が重く圧し掛かっている。これでは文化芸術に親しむゆとりがなく、市民にとってミュージアムは遠い存在となる。
 層の厚さは比べものにならないが、前回、前々回(氈A)で紹介した日本の先進的ミュージアムボランティアの例は、オランダのそれと決定的な違いはない。ただ、日本の場合は歴史も浅く、自律したボランティアが少ないのが実情である。館主導、館依存型が大勢を占め、館側、ボランティア双方に対等のパートナーという認識がきわめて乏しい。
 (氈jで紹介した北海道立近代美術館を支える市民ボランティア「社団法人 北海道美術館協力会」のように、30年も前から続けている自律した活動が、全国的波及をみなかった。しかし近年、()で示した兵庫県立人と自然の博物館と堅いパートナーシップを結ぶ「NPO法人 人と自然の会」のように全国にネットワークを広げるボランティア団体も出てきて、今後は市民意識も館側の姿勢も急速に変化していくものと思われる。
 国や自治体の財政難から、ここに来て矢継ぎ早に施行された国立の独立行政法人化や、公立の指定管理者制度導入などの民営化傾向によって、日本のミュージアムは否応なしに利用者を視野に入れ、彼らの助力を求めざるを得なくなってくる。オランダのBeelden aan Zeeが最初からボランティア主体の運営を取り入れたのも、実は公的支援の削減傾向が進められていたという事情があったからである。
 わが国では北海道立近代美術館のように強力は市民のバックアップ体制があるミュージアムがある一方で、存亡の危機にある芦屋市立美術博物館のようなところもある。この差は、その地域にミュージアムを支える市民層があるかどうかの違いである。ミュージアムは館内の専門家集団だけで成り立つものではなく、それを必要として利用し、積極的に支えていく市民が重厚な層として存在しなければ社会に安定して存続できない。そうした市民層を育てる土壌が、ゆとりある社会環境と、芸術文化の享受能力を培う教育であることは、オランダの例からみても明らかである。自由な教育と整った社会環境のもとで、市民が“鳥のように集まって”ミュージアムを支える成熟した社会において、ミュージアムは存立できる。