福嶋敬恭 作品展 現代美術シンポジウム(その3)
 1995年9月24日 長野県豊科町
福嶋敬恭/岩城見一/建畠晢/以倉新 

(その2からつづく)

(司 会) よろしいでしょうか。では、あのう"メッセージ"の箱の思いつきについては如何でしょうか。

§ 作品の発想のもとについて;"とんでもないものを思いつくのは不可能だ"

(福 嶋) (笑い)あのう、まあ、不思議なものをちょっと作ろうと思いまして…。種を明かしますとばかみたいな話なんですが、京都にある、お菓子。表面に、なんか"あんかけ"のような、なんて言うんですかネ…。

(客席より) 葛きり(注.葛の粉でできた半透明の生菓子、蜜をかけて食べる)…

(福 嶋) そうそう、葛きり。葛きりのようなものが僕は好きでして…(笑い)。ああいうような、何かかかってるとか、何かもやもやとして得たいの知れんもんがありまして、その得たいの知れんものの奥に何かはっきりしたものがあると、いうふうなことを…。ま、とんでもないものを考えつくなんてことは、多分不可能だと思いますね。誰でもものを見たり聞いたりするところで、いろんなことを感じながら出発するわけですが。ああいうものが一体何か?ということが、あの作品の場合には出発点になりました。もちろん、それだけではありませんけども。表面が乳白色のようなものというのは、磨りガラスの"メッセージ"という作品を作る前には、ロウの教会のような形したもの(注.『YUMEDONO(WAX HOUSE)』 1993 図録-76)があります。あれは、先程から言いました蜜ロウとだいぶ近い関係にはあるんですが、ああいう半透明なと同時に、ロウの持つ肌合いのようなものが自分の中ではっきりして来ましたので、使ったわけですが、それの展開の一つの方向として、例えば磨りガラスでも非常に、別な材料でありながら認識の中ではこれに近いものがあるような感じがするんですね。いろいろこう、形の上で変化をしたり、考え方で変化するんですが、そういうところの繋がりがあって、……失敗しながらいろんなものを最近ちょくちょく使ってるんです。

(司 会) どうも貴重なお話しをありがとうございました。私のほうからも、お話しを伺っててお聞きしたいことがあったんですが、ちょうど福嶋先生が10代、20代を過ごされた1960年代に、新しいものを作りたいと思われたということだったんですけれども、それはやはり、お話しの中にもありましたように、時代自身がアヴァンギャルドと言うような言葉で新しいものを求めていたとか、そういう背景というのは強かったんでしょうか。それとも、先生の中にそういうものを求めるものがあったんでしょうか。同じように物を作っていた方でも、伝統的な日本画であるとかそういったところに進まれる方もおられたと思いますし、現在でも作家さんにはいろんな方がおられるとおもいますけれども…。

§ 作家とオリジナリティーについて;"作家は物まねでは成り立たない"

(福 嶋) 大昔から何か創造するというのは、物まねをしてはいけないというのは当たり前なことですね。先程言いました1964年、65年ころ、ニューヨークでの体験で、その時に感じたのは、ものすごく変わった作品だなと日本で思ってたものが、あちらへ行ってみると、形はいろんなものでもほとんど質がいっしょだと、同じようなことを形を変えるだけでやってるんじゃないか、というふうな感じを持ちました。それに比べると、アメリカの作家というのは基本的に、どこかで同じようなことを感じたりとか、考えが近いとかそんなものはもう、元からだめだ、だめというか人がしないことになってる、したらいけないこと、同じようなことをするのは何ていうか全くだめで、全て発明をするんだというふうなことで、……考え方も違い、形態も違って当たり前だというようなことがずっと基本にあると思います。それに比べると日本の美術界というのは、文化が深すぎるせいもあって、本当に新しいものというのは実際にはなかなか難しいですね。その中でいろんなことを、ちょっとした変化をつけたりすることで満足しているようなところが今もあるんですが、その当時なんて、そういうふうなことはダメとはっきりしたような気がしました。それで、作家というのは当然、自分のものを作るためには、人のもの真似をしてはいけないというのは、誰にでもあるんですが、それを目の前で、アメリカの社会現象だとか、アメリカの作家なんかを見たときには、やはりこれは同じことをしてたら絶対だめだと思いまして、外見上も何もかも別な、何かを作らない時には作家なんて成り立たないというふうなことが言われてますので、それはもちろんそのようにずっと思ってます。

(司 会) ありがとうございました。

§ 過去の芸術作品に対する考え;"その時代にリアルなものがいつの時代にも通用する"

(客席より) 先生のお話しをお聞きして、先生のお考えは分かったように思うんですが、現在の先生の作家としての目から、過去の具象的な絵画や彫刻といった、例えば高田さん(注.高田博厚 豊科近代美術館の収蔵作家)の彫刻のような伝統的な作品に対して、どういうふうな見方をされているかちょっとお聞きしたいんですが。

(福 嶋) 僕は、具象だとか抽象だとかいう概念でほとんど見てませんけども、一般には抽象に比べて具象の概念の方が面白いとか、歴史がまあ、そうしてるんですが、そんなふうな見方ではなくて…。例えば、ギリシャなんかの彫刻を見ますとね、やはりすごいですね。勉強するところもたくさんありますし、まあ、そう思いますので具象だからどうこうということはほとんどありません。それで、確かにものを作るには、いろいろな作家がその時代にいて、それがその時代その時に、さっきからリアリティーについての話をちょっとしてますが、考えがリアルであればあるほど、それはどの時代にあってももつものだと、思いますので。それから、非常に世俗的な言葉ですが、いいものはやはり残ってるんですね、ずっと。人が壊さないようにしてると思います。僕が言ってるのは、何でも新しいものの為には、何でも破壊しろということではなくて、それはあくまで人間の歴史があって…。それは当然必要なものだし、いいものというのはいつの時代も同じように不思議で魅力的なものとして感じられますので、そういうふうな捉え方をしてますから、過去のものだとか、今現代のものでも、具象も抽象もほとんど関係なくて、その作家がどんなふうな態度で時代を生きているのかというふうなことを読み取ろうとしてますから、あまり表現上は関係ないと思ってます。

(司 会) ありがとうございました。

§ 再び色について;色と質感、色と感情 …

(客席から) 色のことについて先程のお話しに戻らせていただきますけれども、色そのもが飛び込んで行くのではなく別の質に変えるとおっしゃられましたけれども、別の質的な。色だけを見て行くんではなくて…。どちらを重視していらっしゃるんですか,質感を重視されてるのか…。色をどうしても見てしまいますよね。

(福 嶋) 平面的な仕事、僕は絵もたくさんあります。出品してませんけど。平面的なことをしてる時には、一番でかい絵の場合は先程質感のこといいましたね、奥行きを持たすとかそういう空間的なこと言いましたけども、常にそうではなくて、もちろん色と、平面の中で全部完結できるものの時もありますし、実体を使った触覚的な、物体とかそういうものを使った時には、物の上に色を塗るというよりも、その材料の質感というのもありますから、そういうこともいかしたりもします。まあ、どちらとも言えません。

(同じ方) 後、もうひとつ。意地悪な質問なんですが、"なぜ、赤かと聞かれても答えられない"とおっしゃってましたが、ある種の色のメッセージ性というのを見る側にとっては感じざるを得ないんですね。例えば、右にあったアルミニュームの作品(注.『Untitled』 1995 図録-補3)は非常にニュートラルな作品だと思うんですね。人間の服が映ったりして、それぞれに個人的に自由に感じることができると思うんですが、あそこにブルーがはいるとブルーを通した色というものを感じざるを得ないんですね。それに関して、作家はブルーを持ってきた、それも淡いブルーを持ってきたという意味というものをどうしても探ってしまいたくなるんですが。作り手の色に対する衝動と、見る側の色から受ける衝動というものに対して、どのように…。

(福 嶋) 色それぞれに、僕自身、自分の思い入れがあります。例えば、僕は特に黄色と青をよく使います。もちろん赤も使いますが、どちらかというと黄色と青をよく使うんですが、黄色の場合でも、例えばクロームイエローだとか重い色というのは、黄色い色は感じるんですがあまり不思議な色じゃないような気がしてるんです。もちろん感覚の問題ですけどね。で、僕はどうしても、ライトイエロー系統のレモンイエローのような、どこか抜けたような、人は気違いと思うような、僕はこの色は何か妙な色だと思うんですね、少し軽くて。そんなような思い入れがあるので、黄色の中でも、特に使う色がかなりはっきりしてまして良く使います。何か青色には個人差があって思い入れがあるような話でしたが、僕はあまりそれほど思いません。赤色とか黄色ほどあまり思わなくて、人間だれもじゃないんですが青色というのは、本能的なものかどうかは解りませんけども、例えば、海の深さだとか空の青さなんていうのは人間が知らず知らずに本能的に感じてる色でね、それほど重さがあるようには僕は思えないので、あまり理屈抜きに使用してるんですが。で、今度の場合だったら青色を非常にこう、淡くしてるんですが。あれは、もっと濃くすると本当に青になって、自分の感情からどんどん離れて行くのでそういうふうなことにしてるんです。

(同じ方) では、特に色でなにか伝えたいということは思ってらっしゃらないと考えてよろしいでしょうか。

(福 嶋) 僕の場合、組作品と言いますか、何点か一緒になってる作品が非常に多くて、感覚的なことかも知れませんけど、色の関係というのがありますから、思い入れがまるでないかというとその様なことはありませんが。それこそ設定条件だとか、作品の数だとか会場だとかいろんなことで決めるわけですが、それほど自分が自分で分かってませんので非常に感覚的に考えてて、これがいいと思うときには動かしがたい色がありまして、どうしてもそれを塗るわけです。

(客席から) 関連した質問なんですが、色を使う場合に、この色だと決められるときに、割りと肯定的にこの色がいいなという決め方をなさるのか、それともこれはよくないなというか、排除しようという力が働くことが多いですか、どちらが多いですか。

(福 嶋) 僕は、肯定的な方が多いですわ。

(司 会) どうもありがとうございました。

§ 材料の持つ魅力と作品の存在感について;"考えがあるから存在する"

(客席から) 先程から、色のことが問題になっていると思うんですが、それに関連して質問したいんですが。先程、建畠先生のお話しに福嶋先生がお答えになられたところで、色を使うというときに、実は伝統的な彫刻の持つボリューム、立体性というものを消したいというようなことをおっしゃられたと思うんですけれども、そこで、色を使うことによって彫刻とか立体のボリュームに視線を行かせないで、表面そのものにこだわりたいというお気持ちが、作品を見てまして、あるような気がしたわけですけども。例えば、ロウを使った作品というのはロウの半透明さとか手触りというところでこちらの視線が止まってしまって、作品のもってるボリュームとか"かさ"とかは問題にならなくて、表面だけが浮かび上がるような印象を持ったんですが、そういう点について何かお聞かせねがえればと思います。

(福 嶋) 僕は、これまでから常々言ってる事ですが、絵画と彫刻どちらが進んでるとかいうことは本当はないんだと思いますが、僕の頭の中では、彫刻とか立体というのは非常に快いんですね。人間の本能的なことで"物が在る"とそれだけで安心してしまうというふうに、無条件に人間というのはそれを受け入れ、物は触覚的、本能的な人間の部分に訴えかけてるんだと思います。もう少し考えを進めて行きますと、本能的なことだとか、自分が依存する物事というのは全て排除していって、何か別な観念というか、考え方だけでも成り立つものというふうなことが一番いいんじゃないかと思っています。ですから、材料が表に浮き彫りにされますと材質の持つ魅力というので、人間というのはすぐ触ったりするんですね。手触りだとかそんなことで止まり、いいだとか悪いだとかの価値的な作用までなかなか進まなくて、ただ安心してしまうということになると思いますので、物体を使ってるんですが、物体の質だとか、そういう人間の依存する部分というのはできるだけ排除して、考え方だけが出てくればいいなと思ってます。言われるように極力、材料の持つものだとかそういうものは排除するようにしてるんです。そういう意味では、物体を使っているのですが、存在感というのは物が在れば存在するんではなくて考えがあるから存在するというふうに思ってますので、存在感なんて言ったときには、物が在るとかないとかそんなレベルでは捉えたくないと思ってます。答えになってますか(笑い)。

(司 会) どうもありがとうございました。最初にあのう、福嶋先生が作家はあまりしゃべらないでいいんだとおっしゃったのに(一同笑い)、質問攻めにしてしまいまして申し訳在りませんが、もう少しですので堪えて頂きまして、もうお一方のパネリストであります岩城先生の方から、何かありましたら直接聞いて頂きたいと思います。

§ レディイメイドに対する考え

(岩 城) えーっと、あのうもうだいぶ制作の秘密まで(笑い)、立ち入った質疑応答になっていると思いますが、その点に関してはちょっとおいておいて、一つ美術史的な問題に関して…。先程、アヴァンギャルドの問題がありましたけれども、大事な問題があると思います。それは、知覚という問題を常に、非常に大事なものと見ておられて、人の身体性から離すことのできない、その都度の経験的なレベルで作品と関わって行く、身体性というものは取り去ることはできない、そうしますと作品というものが常に作者の手を通して作り出されなければならないという問題になって来て、現代の美術の一つのあり方としてレディイメイドという大きな流れがあると思います。つまりそれは、デュシャン以降の人について。そういう点では、デュシャン以降の芸術についてはデュシャンを抜きには考えることが出来なくなって来ます。それに対して、福嶋先生の作品のほとんど、全てではないと思うんですね、ほとんどは反レディイメイドと言っていいと思う。その辺で、所謂、デュシャンの芸術に対して福嶋先生はどのような評価を、デュシャンの芸術観なり、デュシャン以後のデュシャン的な芸術のあり方について、何かご意見がありましたら聞かせていただければと思います。

(福 嶋) デュシャンは、僕は好きな作家なんですが、それはある一点で、つまり、"考え方"と言う意味で芸術の方向を変えましたね。そういう意味では、非常に価値のある人だし、それがあらゆる以後の思想に通じてますから、デュシャンという人自身はすごいなと思うんですが、それに、後に続く人達、シュールレアリズムの人達の考え方もその一つの考え方に当てはめられて全てを語られて、そういうものが一種のロマンのあるような作品に結び付いて行くようなことで、デュシャンの考え方に大括りにされるというふうなことで、デュシャンそのものは認めてますけれども、それ以外のものは僕はあまり認めたくないですネ。確かに、僕はものを作ってるからといって何も全てを作ってるわけではなくて、要は、行き届いてるということですね、自分の目を通して、それをどのように処理するかというふうなことをしてるわけですね。まあ、それに比べると非常に安易な、レディメイドがすべて安易なというわけではないんですが……、レディメイドなものを使って、もうそのことがある種の思想の先端のほうに結び付いてるんだったら、当然、認めると思います。でも、非常に安易な作品が多いことも事実だと思いますので、それはその時その時のその作品を見てみないと、本当の評価はできないと思いますけれども。

(司 会) ありがとうございました。他には何か…。

§ 1980年代後半の作品群;そのエロティシズムについて

(岩 城) ひとつ、まあ、今日の話題の中で一回も出て来なかったので、敢えて質問しておくことにしますけれども、一階にあります作品、黒い立体の作品(注.『POSE 』『POSE 』 1987 図録-44)、それからもうひとつ、壁のところにありますアンタイトルドの平面と立体の作品(注.『Untitled』 1987 図録-50)、其れから図録図版の51の作品、それらを含めて、平面と立体二つの世界に跨がる仕事をしておられますけれども、そのことは今回は別として、この時の作品におきましてはエロティシズムというものが、ひとつ大きなテーマというか、問題になっているのだと思うんですけれども。他の作品に比べてそういう点が非常に強く出てくるんじゃないかと思いますけれども、そういうふうなエロティシズムの表現という点で、この時期取り上げられた、何かきっかけとかそういうものが、もしありましたら。

(福 嶋) きっかけといいますか、単純には僕がずっと続けていたのは、表面的にはどちらかと言えば、よく人が言うのに禁欲的だとか、ものすごく整理されたものだとか、まあ、そういったレッテルを貼られてますね。だけど、僕は、僕自身の気持ちの中にもいろいろなこう、揺れるものがありまして、そんなふうに思われてたまるかという気持ちもあれば、もっとそんな形式的なものじゃないというふうなこともあったり、それから自分の中でも、一番最初に言いましたけども、自分が自分で自分のスタイルを決めてしまうと、人が決めたにしろ、評価がある程度出てくると、そのことでなかなか自分が変えられませんね、ほとんど。変えると、自分がどこかに行くのではないかと怖いから、ほとんどスタイルを変えることはしなくなりますね。続けてたら、確かに、自分の評価だとか、世間的、社会的なものというのは認められるかも知れませんけど、それは自分自身にとっては相反するものだと思います。そのときに、自分の中になかったものとか、そういうものをどうしても必要に迫られて、どちらかと言えば実験的な部分もあるんですが、美術の歴史だとか美術の中だけで考えるんではなくて、もっと感情的な感覚的なものの中に入ることのほうが、そのときそのときのリアルなものに繋がっていくんじゃないかということはあります。その感情というのは、非常にこう、精神的な、人の心をせつなく、逆なでするような形だったりすることもないわけではありませんが、そういうことも含めながら、何か、リアリティーを押し止めて、それから消化して出すというふうなこれまでのやり方を一旦やめようと思ったのがきっかけですね。だから、自分自身あまり規制したくないというふうなことが基本になってました。それで、材料でも、あの作品というのは発泡スチロールで出来てまして、彫刻だとか立体というのは、例えば絵のようには作業が早くうまく進みませんね。絵だったら一筆でも感情がその中に入りこんで、感覚と感情はすべてに入り込んで、絵が一瞬の内に変わるということがあるんですが、彫刻の場合は材料のせいもあってほとんど作業そのものが何時間も何時間も要すると思います。特に石だとか、古典的な材料というのは時間がかかり過ぎて、自分の本当にやろうとしたことを持続させるということが必要です、それを持続させないと彫刻というのは本来成り立ちません。そういうふうなやり方だけしていると、非常に自分の感情を押し殺すんじゃないかということで、逆にものすごく安易な材料を使って何か立体が出来ないものかということで、材料そのものが簡単に扱える、一筆描きで、ストロークで絵が成り立つぐらいの早さで、その彫刻の中に感情が込められないかというふうなことでした。で、込められると同時に、何か精神に作用するようなものが中に入り込めば、その当時は自分に中にぴったりするものが出るんじゃないかということで、そういう物理的な方法論と一緒に感情を表に出してもいいんじゃないかというふうな考えでいましたので、そういう形になりました。

(司 会) そろそろ時間も、また1時間も経ってしまったわけですが、散々質問に答えていただいた福嶋先生の方から、もし、今日会場に来られてる皆さんに逆に質問がありましたらお聞きしていただければと思いますが…。別になければ…。

(福 嶋) いえ、ありますよ(笑い)。簡単な質問を。えー、建畠さんが言われたみたいに、人それぞれ見方はあると思うんですが、あのう、一言でよろしいですがどんなふうな見方をしてもらえたのかということが、ちょっと気にはなります、やはり。自分で勝手なことを言いながらも…、ちょっと何かありましたらお願いします。

§ 日本的な感覚;あるいは作家のアイデンティティについて

(客席から) 作品の中に、非常に日本的な感覚があるように思うんですけれども、それは先生の中で意識的にやっておられるのか、ある意味で京都という所に住んでおられて意識することなく、自然に風土的なものが感覚の中に浸透してきて出て来たものなのか、その辺について、先生はどういうふうに日本化しておられるんですか。

(福 嶋) すいません、今度は僕が質問してるんですが(会場笑い)…。

(建 畠) (質問者に)どういうふうにだと思われますか。

(同じ方) 一般的に言えば日本人ですから日本人的な感覚でいいと思うんですけれども、先生の一番出だしが、例えば西洋的なものの否定を考えられたと言っておられますから、現在それがどういう形で生きているのか、それとも、時代の中で変遷して来て、日本というものをある意味で取り入れざるを得なくなって、それもある意味で伝統の認識ですけれども。そういうことを、先生の作品を見ながら…。若いときはやはり感覚的な世界にしても、どんどんそれが日本人の感覚になって来てますので、その辺について先生の意識の変化みたいなものを教えていただけたら…。

(福 嶋) 80年でしたか、僕は2度目のニューヨークに1年間ほど滞在したんです。その時に、これは非常に社会的なことになるとは思うんですが、向こうでね、例えば、ニューヨークなんか特にいろんな国の作家がいますね。その時に感じたことが、一つのきっかけになってるかも知れません。というのは、どこの国でもそのアイデンティティといいますか、イタリー人ならイタリアのフランス人ならフランスの、それなりにいろんな展覧会見てると民族の質のようなものが自然の内に出てるんですね。それに比べると、日本人の作家は、外国で展覧会してる時には、非常にこう古典的な日本の様式を持ち出すか、そうでなければ国際的なというかっこいいこと言ってますが、まあ得体の知れんものを出してるんですね。本当の意味での、ま、ナショナリティの問題まで行くとナンセンスだと思うんですが、それに比べそれにしても他の国の人達の考えといいますか、その国の文化というか、その血ですかね、そういうものも含めて出て来るような気がするのに、何故か日本人のものは曖昧過ぎて面白くないなというふうな感情は持ってました。それで帰って来た後は、自分の中で無理やりといいますか、実験的に、そのことについて、やったことはあります。例えば、無理やりといいますのは、図録の中の絵(注.『RED STROKE PAINTING (Pine Tree)』 1984 図録-39)にもあるんですが、例えば朱色というのは日本では、大昔からよく使ってますね。鳥居があったりとか、お正月の色と言ったらほんとにすべて朱色ですね、赤じゃなくて朱色ですね。そういうふうなことを含めると、何故日本人はそういうものを無意識に使うのかとか、それから、図録の中の松の絵(注.『GOLD PAINTING』 1984 図録-40)だったんですが、それは松の枝が非常にこう、日本独特の形をしてると思います。他の国に行っても、歌舞伎の松みたいなのはありませんね。韓国に行っても、こうすっと伸びてて、これが松かと思うような松なんですね。だけど昔から、大昔から日本人の松の形というのは、盆栽でも作るように、そういう形というか、ある種のものがあるような気がするんですね。それが一体何なのかということを検証するために、自分の中ではかなり実験的に試みたことなんです。ただ、結果としてそれが作品には出てますが、それがそのまま、形が日本的であるけど自分のものに消化しきっているかとかそれはちょっと分かりませんけれども、まあ、そういうふうな実験の方向だとか色んな方向で発表を続けたりしたんですが、ただ言えることは、自分自身が何にも意識をしなくても、日本人の感覚というのは物と物とが存在しまして、日本人が物と物との関係で何か空間作りをするとき、空間と部屋だとか、雰囲気を全部作り出すというふうな事につけては、僕は自分で意識しなくても、物を配置することで空間の緊張感だとかいうことは自然に出て来ていると思います。それが、かなりはっきりしたのがドイツに3年ほど前に1年間いたんですが、その時に自分自身は意識してなかったんですが、向こうの人がそのことについて非常に関心を持ちまして、何故か分からないけれども物と物との間に何かあるというんですね。よく考えてみると、西洋のものの考えというのは実体しかものを見ませんので、形があるものそのものしか見なくて、物と物との間のなんて得体の知れんもんは理解はしないし感覚だけだからいらんというふうなところがあるんですが。物と物との関係を敏感に捉えるのは、僕は自分の中でしてなくても、非常にこう、自然の内に出て来ている、それがこう、日本人の中ではすんなりいってるようなものだと思います。そういう意味では、それが日本的だと言われるかも分かりませんけれども、誰でも皆持ってる感性、ある意味では形をどうこうするよりもそういう空間の扱い方というのが、日本人の独特なものじゃないかと思ってるんです。

(司 会) どうもありがとうございました。時間も、だいぶ経って来ましたので、率直な感想で結構ですので何かありましたら、手短にお願いしたいと思います。

(客席から) 私は、実体というものより人の気配、人の影といったものが意識されて見てしまうんですけども。現代美術に接する機会というのは、こういった地方ですとなかなかありません。どうしても構えて、何か高尚なものを美術館で見るという感じで美術館に来てしまうんです。で、二階にテラスがありまして外への出口の所に、"『空』『遠望』という作品があります"と張り紙がしてあったんですが、そうするとテラスから自然を見るのが先生の作品かなと深読みしてしまったりして…。そしたらそれはテラスに置いてある高田博厚のブロンズ作品(注.美術館の常設展示の彫刻作品)のことだったんですけれども。でまた、2階の黒い画面の作品の間に、ドアを隠す為の白い紙がつってあると(注.会場設営のために仮設したもので、作品ではない)、どうしても何か仕掛けがあるんじゃないかと、何か違う見方があるんじゃないかと思ってしまうんですね。ですから、きっかけですね、接するときにアドバイスになることを言ってもらえたらありがたいなと思います。

(司 会) 最後のほう、少し聞こえにくかったのですが…。きっかけですか。

(同じ方) 作品を見るときのですね、この美術館の方も子供向けに『現代美術入門』と題したパンフをおいてあるわけですが。

(司会) あの、どうしても質問が返って来てしまうので(笑い)、終わらない雰囲気もありますけれども…。今回の展覧会を見る時の、きっかけのようなものを先生自身から何か答えていただければという質問だったと思うんですが。何かございましたら…。

(福 嶋) あのう、きっかけはありません。何も僕は語らないと、語らなかったということにしてください(笑い)。それしか僕はありません。

(司 会) ありがとうございました。そうしましたら、会場の最後にアンケート用紙を用意していますので、そちらにも是非一言お書きいただければと思います。何か最後に、パネリストのお二人からございましたら。

§ 時代に属した作家;あるいは古典となる作家の条件について

(建 畠) 福嶋さんは非常に自由な作家ですから、最初にも言いましたけども…。ただ、やっぱり理屈はあるんですよ。福嶋さんは非常に、開放的な自由を持った作家なんだけども、時代の文脈というのはその中で確保してあるわけです。やはりね、時代に属してる作家なんですね。時代に属してる作家というのは、時代に持て囃されてる、時代の流行に従ってるという意味ではない。時代精神、ツアイト・ガイストというんですかね、その時代精神を踏まえてる作家であって、決して一人だけね、世捨て人のように隠棲生活をしてるわけじゃない。福嶋さんの変遷の中には同時代精神の変遷の反映があるわけです。だから、非常に型の違った、ほんとに違うことをしているようだけれども、逆に言うと、僕には正しく時代に属した作家だと思える。

時代を越えなくちゃだめだという人いるかも知れないけども、古典もね、今見るとその時代に属してるんですね。優れて同時代的であったものだけが古典たりうる資格があるということが言えると思う。優れて同時代的なというのは同時代に持て囃されるという意味じゃないですよ。ちやほやされるという意味じゃないけれど、やっぱりその同時代のいろんな問題意識なりを引き受けた人が古典的な価値を持ち得ると。

(司 会) ありがとうございました。如何ですか。

(岩 城) 私も、まだちょっとあるんですが、かなり書かせて頂きましたのでそれで…。ともかく私がお願いしたいのは、もっともっと議論されるべき作品がたくさんあると。その点で、芸大の学生さんは一番近くにいて制作の現場を見ておられるという幸せな事情があるんですけれども、芸大の学生さん以外にも、若い作家の方々、それからこれから芸術を考えようとされる方々は、もっともっとやはり研究する必要のある作品がたくさんあると思いますので、これは是非お勧めしたいと思ってます。

(司 会) どうもありがとうございました。長時間にわたりまして、本日は現代美術シンポジウムということで、お疲れ様でした。貴重な機会を与えて頂きました、出品者の福嶋先生、それからパネリストの岩城先生、建畠先生にお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました(会場から盛大な拍手)。


以倉新「福嶋敬恭 作品展 現代美術シンポジウムの記録」『豊科近代美術館報』第四号、1995年より、福嶋・岩城・建畠各氏ならびに豊科近代美術館の御好意により転載。