月と貝殻

カテゴリー: 過去サイトの記事 |投稿日: 2005年10月7日

上村博(本学教授)

(『雲母』誌の研究室便りのつづきでもあります。)
 先日、地質学の先生に海岸の地層と潮のお話を伺いました。潮の満ち引きは、ご承知のとおり、月の引力や太陽の引力によって生じます。海からずいぶん離れた京都あたりで暮らしていますと、潮の干満にもついつい無頓着になってしまいますが、港町の方はもちろん、海辺の生物にとっては一大事です。とりわけ、海水中からいろんな養分を摂取している魚介類にとっては、潮はそのまま自らの生活の基盤であり、リズムとなっています。そして貝類は、成長の過程で自分の殻を長い時間をかけて形作るのですが、そこに潮の満ち干がはっきりと年輪を刻むように模様として残るそうです。それが成長線と呼ばれるもので、年輪どころか、一回一回の干満が線となって堆積し、貝殻の複雑な模様を織り上げてゆくそうなのです。気の長い話です。

 そのときの話は、その模様が、貝の化石が発見されたころの海中の様子がどのようなものであったかを示す目安になる、ということだったのですが、月に吸い寄せられ、また拡散していく海水の流れに呼応して、長いあいだに貝殻の形ができていくというプロセスは、短期間に集中して作品を意図した通りにこしらえあげる、という近代的な芸術活動とはまた別のありかたを思わせます。もちろん、短い一生のうちに何とか意味あるものを作ろうとする人間の営為は貴重なのですが、これまた長い芸術の歴史を考えると、「能動」「創造」「構築」がはやりではなかった時代の方が長いのです。また作品の生命もその頃の物の方が長続きしているように思います。今の我々も、物を残すならせめて三世代分くらいの時間をかけて作った方がいいのかもしれません。


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