拈華微笑2013(5):少し詳しく調べてみると

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2014年4月10日

金子典正(芸術学コース教員)

 あと1ヶ月もすれば秋も深まり、今年もまた美しい紅葉の季節がやってきます。スクーリングなどで瓜生山キャンパスを訪れ、足をのばして楽しむ方も多いと思います。大学付近では曼殊院、真如堂、下鴨神社などが綺麗ですね。東山では永観堂、南禅寺、清水寺などが定番です。そして全国的に有名な場所といえばやはり通天橋の紅葉で名高い東福寺があげられます。

 東福寺は、鎌倉時代の嘉禎2年(1236)に九条道家の発願によって建立され、仏教興隆を願って奈良の東大寺と興福寺から一文字ずつとって東福寺と名づけられました。毎年3月15日の涅槃会の前後3日間には10メートルを越える大涅槃図が公開され、春には寺宝展も行われます。もちろん重森三玲氏の庭園も有名ですね。

 さて、東福寺の歴史を少し詳しく調べてみると、そもそも東福寺の境内には以前に法性寺という寺院が建っていました。法性寺は、菅原道真を讒訴して左遷させた藤原時平の弟・藤原忠平が延長3年(925)に建立した寺院です。京都における藤原氏の氏寺として栄え、その後、藤原道長も伽藍の造営に力を注ぎました。とりわけ有名なのが、道長が40歳の誕生日を記念して造営した五大堂です。道長は丈六の五大明王像を奉安したと、自身の日記『御堂関白記』に記しています。丈六の坐像を台座に安置すると約5メートルの高さになりますから、そうした5体の巨像の前で道長は手を合わせて拝んでいたことが分かります。そんな仏像を見たいと思いませんか?

 実は、見られるんです! 東福寺の塔頭・同聚院には、五大明王像の中尊にあたる不動明王坐像が伝えられています。常時公開されており、いつでもお参りすることができます。忿怒形の不動明王像ですから、さぞかし迫力があると思いきや、とっても穏やかで洗練された作風が大きな特徴です。日本彫刻史においては平等院鳳凰堂の阿弥陀如来坐像の様式とよく比較されますが、それもそのはず、同聚院の不動明王像を制作した仏師は、定朝の父といわれる康尚(こうじょう)なのです。

 つまり、誰もが知る鳳凰堂の阿弥陀如来坐像は道長の子頼通が定朝につくらせた仏像。同聚院の不動明王坐像は藤原道長が定朝の父康尚につくらせた仏像、しかも道長40歳のお誕生日記念です!いつか是非、見てみてください。今さらですが、少し詳しく調べてみると、京都には「へぇ〜」が山盛りで凝縮されています。京都を楽しみながら、学生生活を大いに楽しんでください!

*記事初出:『雲母』2013年11月号


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