拈華微笑2014(7):読書の案内―細野不二彦(著)『ギャラリーフェイク』

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2015年1月26日

加藤志織(教員)

 2014年度の授業が間もなく終了します。日々の課題から開放され時間的にも精神的にも余裕がある時期です。そこで今回は本をお奨めしようと思います。あまりにも難しい内容の書籍は楽に読めませんし、堅苦しい内容でも気分転換につながりませんので今回は漫画を紹介します。
 とは言え芸術にかんする知見が得られるように細野不二彦の『ギャラリーフェイク』(全32巻)を選びました。アニメ化もされたので、ご存知の方も多いことと思います。しかし1992年に第一話が週刊『ビッグコミックスピリッツ』誌上に発表され、2005年に長期連載が終了して以来、すでに十年近い時間が経過しているので、一度もこの漫画のタイトルを耳にしたことがない方もいらっしゃることでしょう。
 ギャラリーフェイクとは主人公の藤田玲司が経営する画廊の名前で、この藤田を中心にして、芸術の魅力に取りつかれたさまざまな人物たちが魅力的な人生ドラマを繰り広げます。その魅力はもちろん人生ドラマだけではありません。イタリア・ルネサンス期に制作されたレオナルド・ダ・ヴィンチ作《モナ・リザ》やヴェネツィア派の画家ヴィットーリオ・カルパッチョが描いた謎めいた傑作《二人のヴェネツィア婦人》(1520年、ヴェネツィア、コッレール美術館)などの名画も題材として取り上げられています。
 こうした美術史上の名作にくわえて、古唐津のぐい呑み「皮鯨」、高級宝飾品ブランドのカルティエが制作したミステリークロック、日本が誇る往年の名車トヨタ・2000GT、ブリキの玩具、とストーリーを彩る役者は多岐にわたります。もちろん話の筋立ては基本的にフィクションですが、美術史や現在の芸術を取り巻くさまざまな問題にかんする著者の眼差しは示唆に富んでいます。
 たとえば「レンブラント委員会の挑戦」(ビッグコミックス版第5巻所収)では、目利きによる名人芸ではなく、科学的・実証主義的な観点からレンブラント作品の真贋を鑑定するために設立されたレンブラント・リサーチ・プロジェクトのメンバーが登場し、藤田と鑑定の技を競います。この話で興味深いのは鑑定という作業がはらむ根本的な問題がそれとなく論じられていることです。ちなみに、このプロジェクトは実在し、世界各地に点在するレンブラント作品を鑑定しています。藤田とレンブラント・リサーチ・プロジェクトの勝負の結果は、ぜひ『ギャラリーフェイク』を実際に読んで確認してください。

*記事初出:『雲母』2015年2月号


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