「身近なバリアフリー」

カテゴリー: コースサイト記事 |投稿日: 2019年3月15日

三上美和(教員)
 みなさん、こんにちは。お変わりございませんか。芸術学コースの三上です。寒さの厳しかった2月も終わり、梅がほころび、心地よい風にも春を感じる季節を迎えました。
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 いきなり私事で恐縮ですが、半年ほど前、足腰に不調を感じて整形外科にかかったところ、あっさり病名がつき「腰痛持ち」になりました。今のところ運動療法と生活改善が有効であり、荷物が1キロ増えるごとに股関節には5倍(つまり5キロ)の負担になると言われ、いつも背負っていた重いリュックを点検。財布などの最低限のものに絞り、それでもなんとなく重量感のあるリュックを乗せるキャリー・バッグを探し、一見すると出張のようなスタイルで外出することになりました。

 キャリー・バッグで移動するようになって、公共交通機関のエスカレーター、エレベーターのありがたさに改めて気づかされました。駅の改札からホームへ移動するとき、エレベーターがあまりに意外な場所にあって「こんなところにあったのか!」と驚くこともしばしばです。もっとも、このようにのんびりした感想は、私がなんとか階段でも移動できるからで、車椅子を使う人たちにとって移動設備の設置場所はより切実なはずであり、もっと利用しやすい場所にあればよいのに、というケースもままあるわけですが。ともかくそういうわけで、大きな荷物を運ぶ人、ベビーカーや車椅子で移動する人たちと御一緒する機会が増え、バリアフリーという言葉を急に身近に感じるようになりました。

 そこで手に取った『みんなでつくるバリアフリー』(光野有次著、岩波ジュニア新書、2005年)によると、こうした交通機関のバリアフリー施設の設置には、2000年に施行された「交通バリアフリー法」が大きな役割を果たしていることがわかりました。同書によると、交通バリアフリー法は「高齢者、身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化に関する法律」が正式名称であり、この法律によって、一定基準以上の規模の交通事業者に、身体に支障のある人々のためのエレベーター、エスカレーターなどの設置が義務付けられたそうです。したがって、2000年以降に新設や改修された公共施設の多くには、こうした設備が完備されることになり、私もその恩恵に浴しているというわけです。

 『みんなでつくるバリアフリー』では、工業デザイナーであり、車椅子の設計を始め、体の不自由な方々に向けたバリアフリー製品のデザインのパイオニアとして精力的に活動してきた筆者により、公共の施設や居住環境においてどうすればもっと円滑に過ごせるようになるのか、という視点から分かりやすくバリアフリーについて説明されています。14年前の刊行ですから、携帯電話の使用状況など内容的に若干古い部分もありますが、歩けなくても起き上がって車椅子で生活できれば、寝たきりの何倍も病気のリスクを軽減できるといった主張はきわめて的を射ており、高齢化が進む今日、その重要性はますます高まっていると言えます。

 本書には筆者デザインの製品も紹介されていますが、偶然にもその中で初期の代表作を私も以前購入していました。それは手すりつきの木製座椅子で、足の不自由な両親のため、ネットで取り寄せたものです。軽い座椅子は持ち運びには良いのですが、うっかり勢いよく座るとひっくり返って危険なこともあります。その点こちらは重量があるものの、その分安定感抜群で、手摺部分に全体重をかけて立ち上がっても倒れる心配がありません。現在は改良型も出ているそうです。ちなみに私の移動用キャリー・バッグも足の不自由な人が杖代わりに使えるような配慮がなされ、長年改良が重ねられています。

 バリアフリーは美術館、博物館でももちろん進められており、今日ではバリア(障害)を除去するという意味をもっと広くとらえた「ユニバーサル・ミュージアム」という名称も一般化しつつあります。「ユニバーサル・ミュージアム」はもともと1980年代に提唱された「ユニバーサル・デザイン」の思想を出発としており、そこではハード面でのバリアフリーだけでなく、視覚の不自由な人が触れて体験できる「ハンズ・オン」手法や音声ガイドといった鑑賞補助などを始め、さまざまなバリアに対する柔軟な対応が求められています(山本哲也「ユニバーサルへの顧慮」小笠原喜康他篇『博物館教育論 新しい博物館教育を描きだす』ぎょうせい、2012年)。

 先の『みんなでつくるバリアフリー』によると、障害のあるなしに関係なく誰でもが使いやすい「共用品」を広めることを目的とした財団法人共用品推進機構が1999年に設立され、様々な活動を展開しています。この共用品の考え方は海外でも知られるようになり、アクセシブル・デザイン(Accessible Design)の呼称で定着しており、少し敷居が高く感じられるユニバーサル・デザインよりも広く受け入れられているそうです。

 このたび軽い腰痛持ちになっただけでも、多くのものがバリアとして感じられています。この先年を取ればますますバリアは増えていくでしょう。しかし一方で、交通機関のバリアフリーは着実に前進しています。また、例えばつい先日の新聞では、渋谷区役所のトイレの案内板に使われている点字にカタカナを組み合わせたデザインが採用されたこと、こうしたデザインが少しずつ浸透していることが紹介されており(「点字みんなが読めるね 凹凸にカタカナを重ね合わせ…区役所や企業、案内板に」『日本経済新聞社』朝刊、2019年2月6日水曜日)新しい形のバリアフリーも登場しています。近い将来、美術好きな年寄りの一人になる身として、美術館、博物館をはじめ、身近なバリアフリーにこれからも注目していきたいと思います。


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