『雲母(きらら)』は本学通信教育部の補助教材です。その記事の一部を転載して紹介しています。

…『雲母』では、シラバス訂正、スクーリングや講演会など、学生の皆さんにとって大切な情報や、教員の近況についてお知らせしています。皆さんの御自宅にも送られていますが、ウェブサテライトの「京都芸術大学通信教育部サイバーキャンパス|デジタルキララ」(要ID・パスワード)で閲覧できますので、一度は目を通しておきましょう。
…また『雲母』では「今月の一冊」や「拈華微笑」など共通のテーマを毎年度設け、リレー連載を行っています。教員たちがそれぞれの専門から興味深い記事を寄せています。ぜひ皆さんの学習の一助としてください。なお、「過去サイトの記事」も大いに参考になりますので、あわせてご活用ください。

拈華微笑2016(1):美食漫遊記

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日:2016年4月25日

梅原賢一郎(教員)  漱石の『猫』の迷亭先生にならったわけではないが、美学という学問を一生の仕事にと選んでしまった手前、ちょっと講釈しておきたいことがある。「なぜ、芸術といえば音楽や絵画がメジャーで、食はマイナーなものと評価されがちなのか」。それは、食の主管的な感覚領域と見なされうる味覚領域が、どれほど自律的な対象領域を形成しえているかどうかにかかっていると思われるが、それについては、音楽における聴覚領域や絵画における視覚領域がそうであるほどには、形成しえていないといわざるをえない。

加藤志織(教員)

 昨年の『雲母』2月号では細野不二彦の『ギャラリーフェイク』を紹介しましたが、今年は16世紀のイタリアで活躍した画家・建築家のジョルジョ・ヴァザーリ(1511~1574)が記述した『美術家列伝』をお奨めしたいと思います。

熊倉一紗(教員)

 2015年9月1日、佐野研二郎氏デザインの東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムが白紙撤回されました。7月27日にオリビエ・ドビ氏が、自身デザインのベルギー・リエージュ劇場のロゴとエンブレムとの類似を指摘して以来、まさに「炎上の1 ヶ月」でした。  問題の端緒である五輪エンブレムについては、佐野氏自身が盗用を否定し、専門家の間では「似ていない」とする意見が多かったようです。しかしながら、世論やネット上では「似ている」ことが非難の的となりました。大阪芸術大学教授・純丘曜彰氏は「似ている、などと、他国から物言いがついた時点で、このデザインはケガれている」と指弾しています(INSIGHT NOW! http://www.insightnow.jp/article/8591.2015年8月10日付記事)。では、なぜ似ていることは悪なのでしょうか。

小林留美(教員)  今、日本で流通しているヴィジュアルイメージの中で、漫画の占める割合がどれくらいになるのか見当もつきません。どなたでも、大好きな漫画・思い出に残る漫画を複数挙げることができるでしょう。このような場で 「漫画? 」と言われそうですが、少しお話を。

拈華微笑2015(5):考えつづけること

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日:2015年8月25日

金子典正(教員)

 お元気ですか? まだまだきびしい残暑が続きますね。体調にはくれぐれも気をつけてください。  さて、今回の私の拈華微笑は、毎年『雲母』9・10月合併号に掲載している「考え続けること」です。この記事はスクーリング以外でなかなか皆さんとお会いできない私からのメッセージです。

拈華微笑2015(4):「ニセモノ」再考

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日:2015年7月26日

田島恵美子(教員)

 「ニセモノ」と聞くと、なんとなく、劣ったもの、残念なものといったイメージをもってしまうのではないでしょうか。ひとつには、「素晴らしいホンモノ」に対する「劣ったニセモノ」という見方を無意識のうちに前提としていることがあるでしょう。確かに、その存在は「ホンモノ」との関係性において成り立ちますが、それは単なる二項対立的な捉え方だけでは説明できない複雑さを孕んでいます。

三上美和(教員)

 たまたま同時期に開催されていた、六本木の泉屋博古館分館の「小川千甕展」と東京国立近代美術館の「片岡球子展」を見た。どちらの展覧会も画家の作風を丁寧にたどり、最新の調査が反映された充実した内容だった。51_1507  「小川千甕展」は閉幕間際の駆け込みだったが、これまで知らなかった多彩な作品と出会うことができた(今年の秋には京都文化博物館に巡回)。

池野絢子(教員)

 三月、イタリアへの調査旅行で、北イタリアはロンバルディア州にある都市ヴァレーゼを訪問しました。ミラノから鈍行で約一時間、コモ湖の西側に位置する街です。ヴァレーゼといえば、エステ家の宮殿と庭園で有名ですが、今回の私の旅の目的は、街の中心部を見下ろす小高い丘の上にある一軒の瀟洒な邸宅、パンツァ荘でした。  その名を冠されたジュゼッペ・パンツァ・ディ・ビウモ(1923-2010)という人物をご存知の方は、ほとんどいないでしょう。彼は、イタリアでは有数の現代美術のコレクターであった人物で、とくにアメリカの抽象表現主義とミニマル・アートの膨大なコレクションを有していました。私は去年から、この人物に関心を持って調査を続けています。なぜか? というと、彼の現代美術に対するこだわりがとても独特だったから。パンツァは、作品の収集に情熱を傾けただけではなく、作品を「どこに、どのように置くのか」が重要な問題であると考えた、稀有なコレクターだったのです。その結果パンツァは、抽象的で幾何学的なアメリカの現代美術を、歴史あるヨーロッパ貴族の邸宅に展示することになります。

拈華微笑2015(1):言葉の曲芸

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日:2015年4月26日

言葉を転がし、言葉を鍛え、言葉を磨く

梅原賢一郎(教員)

 仏教書として難解とされている書物に、道元の『正法眼蔵』がある。読んで難しいばかりではない。編集のされ方によって75巻本や95巻本とされているが(ほんとうは100巻にしたかったのだともいわれている)、難解なうえに長大で、これを読みこなすに易しいといえば、だれからも不信の目を向けられるのがおちであろう。どうも、道元は、どこまでも厳格で禁欲的で、近寄りがたいというのがたいていのところである。

 しかし、テキストを読むかぎり、ユーモラスな一面が伝わってくる。道元は、曲芸師さながらに、言葉を転がし、自由自在に操る。そこに、天性の遊び心さえ嗅ぎつけることができる。まずは、マジシャンぶりをご覧あれ。

加藤志織(教員)

 2014年度の授業が間もなく終了します。日々の課題から開放され時間的にも精神的にも余裕がある時期です。そこで今回は本をお奨めしようと思います。あまりにも難しい内容の書籍は楽に読めませんし、堅苦しい内容でも気分転換につながりませんので今回は漫画を紹介します。  とは言え芸術にかんする知見が得られるように細野不二彦の『ギャラリーフェイク』(全32巻)を選びました。アニメ化もされたので、ご存知の方も多いことと思います。しかし1992年に第一話が週刊『ビッグコミックスピリッツ』誌上に発表され、2005年に長期連載が終了して以来、すでに十年近い時間が経過しているので、一度もこの漫画のタイトルを耳にしたことがない方もいらっしゃることでしょう。