水野千依(芸術学コース教授)
春まだ浅い季節に久しぶりに海外調査に出かけた。そのなかで、ルネサンス期に国際的な規模で巡礼を集めたフィレンツェのある聖堂に立ち寄る機会があった。そこには、数々の奇跡を起こしたことで名高い聖母像が存在する。十五世紀には人々の信心を高めるために聖像の展覧が制限され、以後、壮麗な壁龕のなかに隠されてきた。代わってこの聖母の図像を下敷きにした複製が数々の聖堂の壁や板絵に描かれ、さらに、信者たちが納めた奉納用の蠟細工や等身大人形が所狭しと積み上げられ、不可視の領域に身を潜めた聖母像の力や威厳を顕在化させていたことが知られている。
水野千依(芸術学コース教授)
地中海世界に棲息する動物について書くというお題をかつて与えられたことがある。そのとき、私が選んだのは、蛙。かならずしも地中海文化を代表する動物とはいえないとしても、蛙は古来、奇跡的治癒力や抗毒力が見込まれ、固有の伝説を生み出してきた興味深い存在である。
そのことを示すのが、数々の護符である。イタリアのアブルッツォ州、ウンブリア州南部、マルケ州では、魔術(兇眼、妖術、呪いなど)から身を守るために、蛙をかたどった銀の護符を身に着ける習慣が古くから存在した。異教的呪術性を帯びたこうした護符は、キリスト教に容認されはしなかったものの、実際には広大な普及をみた。
梅原賢一郎(芸術学コース教授)
最近京都を見てまわっている。私なりの京都巡礼のつもりだ。といっても、かならずしも有名な社寺仏閣を訪ねるのではない。拝観料を払って、靴を脱いで、文化財然と薄暗がりにひそむ像や画の数々に目を凝らし、賛嘆をごちながらの探訪ではない。「祭り」にもいくが、見物や見学というのはあたらないだろう。沿道から、「王朝絵巻」の行列に息を呑みことも、山鉾の巡行の絢爛豪華に酔いしれることもない。