文献案内:井上章一『法隆寺への精神史』弘文堂、1994年

カテゴリー: 過去サイトの記事 |投稿日: 2003年12月19日

佐藤守弘(本学講師)

「法隆寺の柱が膨らんでいるのは、ギリシアのエンタシスの影響だ」。この説を聞いたことのある人は少なくないだろう。しかし、建築史学の専門書には、どこを探してもこの説は見あたらない。どうしてだろう、という素朴な疑問から本書は始まる。明治時代に「日本美の至宝」として位置付けられた法隆寺の建築には、さまざまな言説──「法隆寺に投影されてきた夢」と著者は呼ぶ──が重層的に紡ぎ出されてきた。ある時は遠くギリシアの影響を受けた普遍美の現れとして、ある時は、日本独自の固有美を有するものとして。そうした評価は建築史のみに留まるものではなく、広くそれぞれの時代の思想潮流全体──あるいは「ファンタジー」──と深く結びついたものであった。作品の解釈とは決して無垢なものではない。常に様々な力学の変動に晒されているのだ、ということを著者は平易に解き明かす。本書に先立つ『つくられた桂離宮神話』(弘文堂、一九八六年)──もう一つの「至宝」に関する言説を通じて、日本におけるモダニズム受容を語る──も参照のこと。

*記事初出:『季報芸術学』No.11(2001年6月発行)


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