文献案内:辻惟雄『奇想の系譜──又兵衛─国芳──』
中野志保(本学講師)
今回紹介するのは、辻惟雄著『奇想の系譜――又兵衛-国芳――』(初版:美術出版社、1970年、新版:ぺりかん社、1988年、文庫版:筑摩書房、 2004年、ISBN-10: 4480088776/ISBN-13: 978-4480088772)です。著者、辻惟雄氏は、『カラー版日本美術史』の編者でもあり、『日本美術の歴史』(東京大学出版会、2005年)を著 したことでも有名な、言わずと知れた日本美術史研究の大家です。その研究姿勢は、一貫して「時代を超えた日本人の造形表現の大きな特徴」(文庫版、 p247)をとらえることにあります。
近年、高く評価されている伊藤若冲はじめ、曽我簫白、長澤蘆雪、歌川国芳、岩佐又兵衛、狩野山雪など、本書で取り上げられる五人の絵師たちは、1970年 の初版出版当時は、あまり一般には知られていませんでした。彼らが、大きな展覧会で取り上げられる巨匠として扱われるようになるきっかけとなったのは、本 書であると言ってもおそらく過言ではないでしょう。
本書は、上述した五人の絵師の画業をたどり、彼らの作品の魅力を「奇想」という視点から、それぞれ読み解いていくという構成になっています。本書が高く評 価を受ける理由の一つは、その卓越した作品記述にあると言えるでしょう。例えば、彼ら五人の作品の質は、「奇想」という言葉によって大きく括られていま す。しかし、その質にはバリエーションがあり、「ぞっとするようなユーモア」(又兵衛)、「冷たい静力学的秩序」(山雪)といった言葉によって、それぞれ の作品が特徴付けられています。これらの言葉は、魅力あるものですし、また、自分ならどう言い表せば良いのだろうか、と思うような作品でも、本書のなかで は、実感を伴って諒解されるような、説得力のある言葉でその特質が表現されています。
だからこそ、本書は、それまであまり注目されなかった五人の絵師達の作品に私たちの目を向けさせることができたのだと思います。作品に人の目を向けさせ、その魅力を伝える言葉の力というものを感じさせてくれる一冊です。
著者が、あとがきに「いささか放縦な書きぶり」(文庫版:p245)と断るように、本書は実証的な研究という視点から見れば、その研究態度は、いささかお おらかというか、鷹揚な印象を受けます。論文の初出が、学術誌ではないこともその理由の一つなのでしょう。それゆえ、研究をはじめて日の浅い人間が真似を するには難しいものがあります。しかし、「作品を見て語る」ということについて、本書から学ぶ所は決して少なくありません。
姉妹版として出された『奇想の図譜――からくり・若冲・かざり――』(初版:平凡社、1989年、文庫版:筑摩書房、2005年)も文庫化されていますので、併せて読まれることをお薦めします。
*本記事は著者により加筆修正されました(2011年8月12日)。
*記事初出:芸術学研究室ML(2008年3月25日)