拈華微笑2013(6):読書案内―心を動かすデザインの秘密―

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2014年4月10日

熊倉一紗(芸術学コース教員)

 今回の拈華微笑は、デザインにまつわる書籍の紹介をしたいと思います。今年の9月20日に大きな話題とともに発売されたiPhone 5cをお持ちの方もいらっしゃることでしょう。5色からなる目にも鮮やかな色彩は、スマートフォンに興味がない方でもCMなどで見かけたことがあるのではないでしょうか。AppleのWebサイトでは次のようなコピーが訴えかけます。「この色は、あなたです。色は単なる色ではありません。それは、自分の感情を表すもの。考えを示すもの。こだわりを見せるもの。あなたの個性を伝えるもの。」5つの色はそのための色だというわけです。

 ここで注目したいのは、このコピーが単純に色彩の豊富さや美しさをアピールしているわけではないということ。すなわち、iPhone 5cを手にした人の「自分らしさ」の表現、それが「色」であると提示していることです。このように、近年では、製品や商品が売りに出される場合、評価されるポイントとして見た目の美しさ、あるいは機能や性能だけでなく、デザインされたモノが持つメッセージ、ブランドの価値、さらにユーザが本当に面白く心地よいと思えることが「魅力」とされるようになってきました。荷方邦夫著『心を動かすデザインの秘密』(実務教育出版、2013年)は、デザインされたモノが醸しだす魅力、またモノから得る感動がどのような仕組みでおこるのかを認知心理学といった立場から解明したものです。

 本書は、ごく身近な例を用いてどのようなものに魅力を感じるのか、またはデザインされたモノに対峙して感情を揺さぶられるときどのような認知プロセスを経るのかについて最新の知見を複数挙げて説明しています。興味深いのは、モノの価値はそのものだけでなく、使用するプロセスのなかでの経験の質にあるということです。例えば、モノとの密接な関係の中で愛着が湧き、それが媒介となって思い出や記憶が想起されたりすることもあるでしょう。冒頭のiPhone 5cの「自分らしさ」もまたしかり。そうした「目に見えない(見えにくい)」ことと「目に見える」こととの関係を適切に捉えていくこと。これはデザインならずともあらゆる芸術作品を考察する際に必須となる態度です。本書は、初学者にも読みやすく、作品を含めた様々なモノと認知のあり方に関心のある人におすすめです。

*記事初出:『雲母』2013年12月号


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