拈華微笑2015(8):読書案内―ジョルジョ・ヴァザーリの『美術家列伝』

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2016年2月26日

加藤志織(教員)

 昨年の『雲母』2月号では細野不二彦の『ギャラリーフェイク』を紹介しましたが、今年は16世紀のイタリアで活躍した画家・建築家のジョルジョ・ヴァザーリ(1511~1574)が記述した『美術家列伝』をお奨めしたいと思います。

 当時、画家・建築家として、それ相当の評価を得ていたヴァザーリですが、後代の人々にとってはそうした肩書きよりも、むしろこの書物の著者として知られています。なぜなら『美術家列伝』(初版1550年、増補改訂版1568年)はある意味で近代的な美術史学の出発点と言えるからです。まず、この本で注目すべき点は、いわゆるイタリア・ルネサンス期に活躍した主要な美術家(画家・彫刻家・建築家)の作品と人生について詳しく語られていることですが、美術の歴史や造形芸術についてのヴァザーリの考えが明確に表明されている点についても重要です。美術における自然模倣の意味を定義し、年代や地域の異なる美術家の作品に見られる様式的な違いを美術の発展段階として整理・分類する考え方は新しいものでした。
 とは言え、『美術家列伝』には誤りや不確かな情報も多数含まれていることがわかっています。そのために多くの美術史家たちが、その誤りや不確かな箇所を特定し、適切な補足を付けるために長年努力を続けてきました。その結果、『美術家列伝』には複数の校訂版が存在し、イタリア語だけでも主なものにミラネージ版、チャランフィ版、ベッタリーニ/バロッキ版、ベッローシ版などがあります。
 ちなみに日本語による完訳は、中央公論美術出版から『美術家列伝』の書名で現在刊行中(全6巻のうち、第1巻と第3巻については既刊)です。抄訳には白水社から出されている『ルネサンス画人伝』、『続ルネサンス画人伝』、『ルネサンス彫刻家建築家列伝』があり、さらにこれらから特に有名な美術家、たとえばミケランジェロやラファエルロなどについて書かれた部分を抜き出して新書にまとめたものも刊行されています。この他、ヴァザーリの美術論が示されている序文については、『ヴァザーリの芸術論―『芸術家列伝』における技法論と美学―』(平凡社)として上梓されています。
 上述したように、この著作を美術史や美学の視点から読んで面白いのは当然ですが、13世紀から16世紀にかけて活動した美術家たちの作品や人となりについて生き生きとした言葉で描写した文章にもまた大きな魅力があります。それは翻訳でも堪能可能です。イタリア・ルネサンス美術に興味のある方は言うまでもなく、そうでない方にも一度は読んでいただきたい本です。気負わずに楽しんでください!


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