拈華微笑2016(3):安田靫彦筆《風神雷神図》について
三上美和(教員)
東京国立近代美術館の「安田靫彦展」に行きました。日本画としては長い展示期間にもかかわらず、諸事情で終盤近くになってしまいました。そのためやや混んでいたものの、気になる作品をじっくり見ることはできました。
今回の一番の収穫は、《風神雷神図》のすばらしさに初めて気づくことができたことです。初公開や代表作も多く展示されていたなかで、これまで何度も見たはずの本作品に一番感動したことは、自分でも意外でした。それほどでなくとも、間近に作品に接すると何らかの発見があるものですから、展覧会を見逃さずにすんで本当に良かったと思うとともに、前期を見られなかったのはつくづく残念でした。
この《風神雷神図》(遠山記念館蔵)は、昭和4年(1929)、45歳のとき、再興第17回院展に出品された2曲一双屏風で、代表作のひとつです。向かって右隻に風神、左隻に雷神が向かい合わせに、画面一杯にはちきれんばかりに描かれています。風神雷神は、俵屋宗達、尾形光琳といった琳派の絵師たちにしばしば描かれてきたテーマです。靫彦の時代には、宗達、光琳が再評価されたこともあり、鑑賞者たちの念頭には、もちろんそれらの作品が浮かんだと思われます。靫彦は風神雷神を若々しい少年の姿で描くことで、そうしたイメージをうまくかわし、なおかつ新たな風神雷神を生み出したと言え、近代の風神雷神図としても位置づけられる作品でもあります。
さて、改めて鑑賞したところ、風神雷神それぞれの輪郭線には強弱が付けられ、筆あとをたどると靫彦の緊張感も伝わってくるようでした。押さえた色調、少年二人だけという簡潔な構成と、くっきりした線の美しさが相まって、画面に生き生きした躍動感が生まれています。切れ長の目とへの字に結んだ口の風神の無垢なかわいらしさ、対照的な雷神の必死の形相も作品に命を吹き込んでいます。
本作品の少年のような風神雷神像は、運慶作《八大童子立像》(高野山霊宝館蔵)のいくつかの像と似た点があり、また風神のポーズにも過去の作品に類似性も見られることから、靫彦がこれらの作品をヒントに創作したことが指摘されています。このように過去の作品を参照して制作する手法は、靫彦の生涯にわたって見られ、本作品もそうした特徴を備えています。しかし、本作品にはそれ以上に、靫彦の充実した時期の線の美しさが強く打ち出されており、それが作品の大きな魅力になっているのです。