歴史的建造物の修復

カテゴリー: コースサイト記事 |投稿日: 2019年9月1日

加藤志織(教員)
 2019年4月15日の夕方(日本時間では16日の未明)、パリの中心にあるノートルダム大聖堂で火災が発生した。この建物がゴシック様式であることを象徴する尖塔は無残にも崩落、身廊を覆う天井の大部分、堂内に設置された貴重な文化財も焼失もしくは大きな損傷を受けた。その原因は現在も特定されてはいないが、皮肉なことに改修工事中に発生した何らかの人為的ミスあるいはトラブルだとみなされている。ユネスコの世界遺産としても有名な聖堂が真っ赤な炎に包まれる衝撃的な映像は瞬時に世界中へとライブ中継あるいは配信され多くの人びとを驚かせると同時に悲しませた。

 懸命の消火作業にもかかわらず、いっこうに衰える気配を見せない聖堂を覆う火の大きさをニュースで見た者は、建物全体の倒壊を心配したにちがいない。だが、やはり木造建築とは異なり石造りは強靭であった。ちなみに、建材に石を多用しているパリのノートルダム大聖堂ではあるが、天井部分を構成する骨組みには大量の木材が使用されている。その部分が燃えたのである。この悲報が日本に伝えられるや否や、我が国における歴史的建造物の防火対策の現状、その再検証の必要性について、繰り返し報道されたことは記憶に新しい。文化財指定された木造建築を多く抱え、1949年1月の法隆寺金堂壁画焼損、1950年7月の金閣寺火災(放火)と極めて重要な歴史的・芸術的な遺産を失った経験をもつ日本にとって、この度の出来事は決して対岸の火事ではないのだ。
 件のノートルダム大聖堂の火災に話を戻そう。消火に伴って出されたマクロン大統領の声明によると、2024年のパリオリンピックを目指して修復作業を進めるらしい。だが、一部の専門家からは10年以上の期間を要するとの指摘もなされている。こうしたなかで興味深い動きがあった。焼け落ちた天井については幸運にも近年調査が行われていたために精密なデータが残されており、火災以前の状況に復元することも可能である。だが、必ずしもそう決まっている訳ではないらしい。驚くべきことに、忠実な復元以外、すなわち元の状態を一部変更するような案まで含めて、広く意見を聞いて今後の方針を決定すると言うのだ。
 人類共通の遺産である歴史的建造物に、修復時とは言えデザイン的・機能的な改変を加えることは、なかなか日本人からは出ない大胆な発想であり、率直に驚く。例えば、日本では2016年の4月に発生した巨大地震によって深刻な被害を受けた熊本城の天守閣や石垣が修復されているが、被災前の状況に戻すことが原則であり、その資材や工法等についても可能な限り当時と同じものを使用することが求められているからである。文化財の保存修復は、先述した法隆寺金堂壁画焼失後に制定された法律(文化財保護法)によって規定されているからこそ、崩れた石垣を構成していた石の一つ一つには記号が付され、城内の芝生の上で保管された後に、これらの石は地震前の記録と照らし合わせられて元あった場所へと嵌め込まれるのだ。
 そこには、文化財にできうる限り物理的な介入を避けて、そのオリジナルな状態を保全し、さらには伝統的な原材料や制作技術などに関する知識を継承していくという二つの大きな意味がある。しかし、貴重な文化財ではあっても人びとが実際の活動(祈り)の場として使用する、まさにパリのノートルダム大聖堂のような建物の修復においては、より使いやすく、より安全にするための変更が許されるかもしれない。ともあれ重要なのは、それぞれの歴史的建造物が置かれた状況の把握とそれらが担っている社会的・文化的な意味を踏まえた個別の議論が開かれた形で行われ、その方針が決定されることであろう。

修復を待つ石垣の石(熊本城/2016年11月/著者撮影)

修復を待つ石垣の石(熊本城/2016年11月/著者撮影)


* コメントは受け付けていません。