平野甲賀「描き文字」の魅力

カテゴリー: お知らせ愉快な知識への誘い未分類美術館・展覧会情報 |投稿日: 2017年11月2日

熊倉一紗(教員)

みなさんは、ふだん、レポートの準備や授業の予習・復習のため、もしくは小説などを読むため、本を手に取ることは多いと思います。その場合、たいてい「中身」を読むことに集中し、本そのもののデザインに注目することは、あまりないでしょう。しかし、1冊の本には、私たちの感覚を刺激する魅力がたくさん詰まっています。そのことをあらためて思い起こさせてくれたのが、京都dddギャラリーで開催の「平野甲賀と晶文社展」(会期:9月14日〜10月24日)でした。

京都dddギャラリーは、グラフィックデザインを中心に展覧会を企画・展示している数少ない施設(観覧料は無料!)で、大日本印刷株式会社(DNP)が運営しています。この京都dddギャラリーで先日まで開催していたのが「平野甲賀と晶文社展」でした。平野甲賀という名前は知らなくても、カッサンドルのポスターがあしらわれた沢木耕太郎『深夜特急』の装丁家といえばわかる、という方もいらっしゃるかもしれません。

平野甲賀(1938〜)は、1960年代から30年ちかくにわたって、晶文社による本の装丁を一手に引き受けていました。展覧会では、その時代の書籍が一堂に集められており、なかなかの壮観を呈しています(写真1)。それと同時に、装丁やポスターで使用された文字を手直しして和紙に刷りだした作品も展示されていました(写真2)。

写真1

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写真2

写真2

 平野甲賀による装丁の魅力、それはなんといっても「描き文字」です(写真3)。偏や旁のデザインをみずから考え、あみ出した表現には個性があり、それぞれ違って見えます。一方、「平野甲賀体」とでもいえる共通の造形性もうかがえ、なんとも不思議な書体なのです。今回の展覧会で気になったのは「風」という文字(写真4)。黒で書かれた「風」の背後にグレーの「風」があり、奥行きが感じられます。2つの「風」が少しズレながら重なることで一陣の風がフワリと吹いたような軽やかな印象。また「が吹いてきたよ」という文字のひとつひとつが自由に配置されているため、風で転がる葉っぱや小石を想起させます。もう一つ好きな文字は「空」(写真5)。上空に向かって手をバタバタさせているように見えるし、目を閉じてシュンとしている顔のようにも見えます。平野甲賀が描く文字の魅力とは、このように、文字の意味と形態が一つになって、様々な「表情」を持つところにあるといえるでしょう。

写真3

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写真4

写真4

写真5

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 平野甲賀は、1980年代あたりから描き文字を始めるのですが、その理由を次のように述べています。「いま日本にある写植のタイポフェイスじゃ、じゅうぶん表現できなくなってきている、ということなんですね。それで書き文字をはじめたんです。ええ、この傾向は当分つづきそうですね。タイトルとしても目立つでしょう。そういうよさもあると思うんです。書き文字の極意ですか(笑)。それはね、上手に書かないということですかね。つまり、書き手の個性がなるべく出ないということ。情緒みたいなものをとりのぞきたいわけですよ。書き手の押しつけが見えると、うまくいかない。もちろん、にじみ出る個性はしょうがないですよ。そういう微妙なところね、虚実の間というか…。でもね、まず最初に書くとね、どうしてもうまく出来ちゃうんですよ(笑)」(平野甲賀『平野甲賀 装幀の本』リブロポート、1985年、97頁)
 平野甲賀の装丁は、その文字表現とあいまって、自己主張はしないけれども輝きを放ち、シンプルでありながらも個性を感じさせる。そうすることで本を手に取らせるよう仕向けている点に面白さがあります。同じくグラフィックデザイナーの杉浦康平も平野の装丁について「字が表情を持ちながら本の中に住みついて、著者の言おうとしていることをこっちに伝える」(平野甲賀、前掲書、138-139頁)と言います。デザイナーの色をだしながら、それが内容と合致し、まだ見ぬ/読まぬ本の世界を読者に伝える「文字の力」を持つところが興味深いと思うのです。
 さて、今回紹介した展覧会はすでに終了してしまったのですが、今年は秋から冬にかけてグラフィックデザイン関係の展覧会が目白押しです。リンクを貼っておきますので、気になる展覧会がありましたらぜひ。

【関西】
姫路市立美術館「永井一正ポスター展」11月12日から12月24日 https://www.city.himeji.lg.jp/art/
美術館「えき」KYOTO「ミュシャ展―運命の女たち―」10月14日から11月26日 http://kyoto.wjr-isetan.co.jp/museum/
【東京】
三菱一号館美術館「パリ♥グラフィック―ロートレックとアートになった版画・ポスター展」10月18日から2018年1月8日 http://mimt.jp
東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館「生誕120年東郷青児展」9月16日から11月12日(11月23日〜2018年2月4日まで久留米市美術館、2018年2月16日から4月15日まであべのハルカス美術館に巡回)http://togoseiji120th.jp


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