文献案内:千野香織・西和夫『フィクションとしての絵画──美術史の眼 建築史の眼』ぺりかん社、1991年、2,800円(税別)、ISBN4-8315-0795-4

カテゴリー: 過去サイトの記事 |投稿日: 2011年8月12日

中野志保(本学講師)

日本美術史を学び始める方への基本参考文献として、今回紹介したいのは、『フィクションとしての絵画――美術史の眼、建築史の眼』(千野香織・西和夫共 著、ぺりかん社、1991年、ISBN-10: 4831507954/ISBN-13: 978-4831507952)です。

本書がテーマとしているのは、タイトルにもあるように、絵画のフィクショナルな部分に、どのような絵師の作為――すなわち「伝えたいこと」――が見出せるのか、という問題です。

この問題を、豊国祭礼図屏風(第一章・第二章)や信貴山縁起絵巻(第三章・第四章)、扇面法華経(第十一章・第十二章)、春日宮曼荼羅(第二十一章・第二十二章)といった多様な形態の絵画の分析を通して、美術史/建築史の両側面から考察を行います。

この二つの領域からの考察は、一度に行われるのではなく、まず第一章では、千野氏が、美術史側から論考を書き、第二章では、その内容を受けるかたちで西氏 が建築史側から論述します。続く章でも、作品を変えながら、美術史側と建築史側が交互に論を展開し、美術史と建築史、両方の学問領域に読者の関心を引き寄 せていきます。このような「連歌」ならぬ「連論」という構成が本書の大きな特徴の一つです。

本書は、「絵師は見たままを忠実に描く、だから絵画は現実社会の再現なのだ、という素朴な議論は、もはや通用しないであろう。」(p84,千野氏)という 強い主張を持ちます。このような考え方は、現在では当然と思われているかもしれません。しかし、1980年代後半から1990年代前半には、洛中洛外図に 描かれた景観と制作年代をめぐって、「絵画」と「歴史的事実」の関係性について、美術史学・歴史学を横断して議論が白熱した時期がありました。本書の出版 は、恐らくこうした状況とは無関係ではないでしょう。上述の主張を改めて行わねばならない状況あって、本書が生まれたのだと思います。

しかし、「フィクションとしての絵画」という考え方は、既に当たり前になったこととして等閑視できるものではありません。ここ何年か本学の卒業論文等の論 文を読ませていただいていると、「非現実をどのように演出し、表現したか」という「絵画化する」ことが抱える問題を、意識して研究に取り組めている人は、 実はそう多くないように感じるからです。

作品に向かいあうときや、問題を立てて、その考察を行うにあたっても、本書が与えてくれる「フィクションとしての絵画」という視点を持つことで、見えてくるものが大きく広がり、また、これらの作業をより楽しめるのではないかと思うのです。

*本記事は著者により加筆修正されました(2011年8月12日)。

*記事初出:芸術学研究室ML(2008年3月13日)


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