拈華微笑2013(7):読書の案内―「芸術作品は時代の申し子なのだ」

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2014年4月10日

加藤志織(芸術学コース教員)

 上(タイトル)の一文はイタリア・ルネサンス美術を専門に研究する美術史家ブルース・コールが著書『ルネサンスの芸術家工房』(ぺりかん社)において語っている言葉です。この書籍は、社会における芸術家の位置づけ、制作技法、美術作品の需要などについて、実証主義的にわかりやすく論じた良書です。

 われわれは、たとえばルネサンス期、バロック期、20世紀美術などの諸作品を美術館で一堂に目にすることに慣れてしまっていますが、本来これらは時代も地域も異なった状況下で制作・受容されたものです。そもそもルネサンス期の画家は、現代のわれわれが考えるようないわゆる芸術家ではなく、画工や絵師といった特殊な技能を有する職人でした。画家はギルドと呼ばれる同業者組合に所属することによって、はじめて仕事をすることが許されました。しかも、画家だけのギルドは存在せず、彼らはみずからが顔料を購入する薬種業者の組合に参加するのが常でした。

 一人前の画家はギルドに加わり、親方としてみずからの工房を構え、おおくの場合、弟子を使いながら分業制で作品を制作しています。ルネサンス期の絵画技法にはフレスコ画、テンペラ画、油彩画、版画などがありましたが、これらには画材にかんする豊富な知識と熟練の技が必要とされました。画家の工房は、そうした知識や技術を実体験に基づいて教える場であると共に、手間を要するフレスコ画やテンペラ画の制作を効率的に行う役目も担っていたのです。

 現代と比べて画家の地位が低かったために、絵画の主題、構図やモティーフの決定においても発注者の意向が大きく作用し、またしばしば違約金付きの制作期限が設けられました。このように、当時の絵画は純粋な芸術作品というよりも、たとえば聖堂内に設置された祭壇のような実用品に近かったのです。

 コールがこうした書物を1983年に発表したのは、当時のアメリカで影響力を拡大しつつあった「ニュー・アート・ヒストリー」に対して、懐疑的な思いを抱いていたからです。精神分析や文化人類学あるいは記号論といった分野で形成された方法論を華麗に駆使するニュー・アート・ヒストリーによって、それまで伝統的に美術史が扱ってきた芸術家の経歴、作品の鑑定、同時代資料の調査が軽視されている、という危機感が彼にはありました。「芸術作品は時代の申し子なのだ」という発言の裏にはこうした背景があったのです。

*記事初出:『雲母』2014年2月号


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