拈華微笑2012(5):「美術史」とはなにか

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2014年4月3日

加藤志織(芸術学コース教員)

 「美術史」とはなにか?  自明と思われるこの問いに、みなさんはどのように答えられるでしょうか。おそらく一般的には、美術史とは文字通り美術の歴史を意味し、ある特定の地域で制作されたさまざまな美術作品をなんらかの関係性のもとに分類・整理して時代順に並べたもの、と考えられているのではないでしょうか。じつはわたしも恥ずかしいことに、大学に入るまでは、美術史を天才が生み出した過去の名品をただ時間軸上に置いていく骨董趣味で退屈な学問だと考えていました。
 ところが、学部の三回生になって西洋の絵画を専門に学ぶことになり、美術史が実際には複雑で奥深い知的な営みであることを知り、この先どのようにこの学問に取り組んでよいのかわからず途方に暮れたのでした。そんな折に、たまたま手に取ったのが、マーク・ロスキルの著作『美術史とはなにか』でした。今後の勉学の方向性が見いだせると、大いに期待して読みましたが、イギリス出身の碩学が執筆したこの本は原書が発表されてからすでに二十年が経過しており、残念ながら当時(90年代)の美術史の現状を表したものではありませんでした。
 『美術手帖』では1996年1月号から、集中連載「美術史を読む」が始まっており、最前線で活躍していたノーマン・ブライソンやロザリンド・クラウスあるいはT・J・クラークなどの研究成果と方法論が紹介されていましたし、89年にはマイケル・バクサンドールの『ルネサンス絵画の社会史』が翻訳されていて、それらに触れていたわたしの目にはロスキルの著作はあまりにも古く映ったのです。
 「美術史とはなにか」という問いは、今もアクチュアルな問題として存在しています。当然、美術を学び研究する者が、この問いを避けて通ることはできません。したがって最近では、この問題を最新の知見を交えながらわかりやすく説明した書籍がいくつか出版されています。たとえば、ダナ・アーノルドの『美術史』やみなさんもご存知のヴァーノン・ハイド・マイナーの『美術史の歴史』です。方法論や歴史の理論を扱うこの種の本は難しい内容になりがちですが、とくに前者は内容がコンパクトで文章も平易なので初学者向けです。さらに、巻末に付された翻訳者の鈴木杜幾子氏による解説も、美術・美術史・美術史学について考える際の良き指針となります。これから美術史を学ばれる学部生のみなさんにお薦めしたいと思います。

*記事初出:『雲母』2012年11月号


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