文献案内:文庫・新書で読む日本仏教美術史

カテゴリー: 過去サイトの記事 |投稿日: 2004年6月10日

杉崎貴英(本学講師)

 今回は“文庫・新書で読む日本仏教美術史”として以下4冊を紹介したい。
 

入江泰吉・写真、關信子・文『仏像のみかた』保育社(カラーブックス455)、1979年初版、ISBN: 4-586-50455-2、700円

 まず、ハンディながらも優れた概説書としてとりあげたいのがこの本。内容をみてみよう。本書の大部分をなす「仏像の歴史」では、飛鳥から江戸時代までのあゆみが豊富な図版とともに説かれる。つづく「仏像の周辺」は、仏像の誕生などについてのごく手短な概観。「仏像イコノグラフィー」では、着衣や姿勢、そして尊像ごとの特徴についての解説がなされる。「材質・技法から見た仏像」はイラストも用いてわかりやすい。最後に「光背と台座」についても、簡にして要を得た説明がなされている。
 仏像の入門書は数多いが、歴史・図像・技法がまんべんなく押さえられ、しかも手頃な値段で購入できるものは意外に少ない。本書がロングセラーとなっているのもうなづけよう。その理由は、随所に光る女性ならではの語り口にもありそうである。
 

水野敬三郎『奈良・京都の古寺めぐり──仏像のみかた──』岩波ジュニア新書89、1985年初版、ISBN: 4-00-500089-4、740円

 岩波ジュニア新書はその名の通り「青少年向け」のシリーズであるが、執筆者は各分野の研究者・経験者であり、内容やレベルは決してあなどれないものがある。ちなみにある大学では、本書を一般教養のテキストとして用いていると聞く。
 内容は15の章にわたり、代表的な作品を時代順に各章一件ないし二件づつとりあげ、「作者が何を表現しようとしたのか、またそれらが日本の仏像の歴史のうえでどのような位置をしめるのか」という様式の問題が、技法などの解説を織り込みつつ説かれてゆく。叙述は平易だが、それが高度な調査研究の成果に立つことは、著者の論集『日本彫刻史研究』(中央公論美術出版)を繙くまでもなく感じられるところであろう。作品の数が絞られているだけに、ひとつひとつの造形をつぶさに見つめ、考えるための優れた手引となっている。
 なお同じ著者による概論としては、講談社版『日本美術全集』に分載された通史と、『運慶と鎌倉彫刻』〈ブック・オブ・ブックス日本の美術12〉(小学館、1972年)があることを書き添えておきたい。
 

町田甲一『大和古寺巡歴』講談社学術文庫899、1989年初版、ISBN: 4-06-158899-0、900円

 以上2点の入門書に対し、こちらは明治以来なされてきた研究と鑑賞の厚みを感じさせる一冊。 
 古代美術史研究の口火を切った法隆寺の再建非再建論争や薬師寺本尊の移座非移座論争、細かいところでは「百済観音の名の由来」「法隆寺本尊光背の損傷はなぜ生じたか」などの問題が述べられる。しかし主題はやはり、美術史学を「様式の史的変容をきわめる学問」と考える著者による、日本古代彫刻史における「作品の具体的様式の史的因果の関係」の探求にあろう。そのための「正しい観照の仕方、観照の態度」をめぐる著者の考えが、個々の造形に即しつつ、そして従来の言説と距離をおきながら述べられている。なお同じ著者の『古寺辿歴』(保育社)と重複する部分も多い。
 本書は、和辻哲郎『古寺巡礼』や亀井勝一郎『大和古寺風物誌』が惹き起こした「文学趣味的な傾向」への「批判と憂慮を吐露したい」という思いから書かれたという。しかし著者の深い思い入れは、“古き良き奈良”を彷彿とさせる叙述としてもあらわれており、それが本書にエッセイ的な味わいを添えている。
 

上原和『斑鳩の白い道のうえに──聖徳太子論──』講談社学術文庫1023、1992年初版、ISBN: 4-06-159023-5、1,000円

「聖徳太子という日本史で稀有な理想主義的政治家の悲劇を描いた本である。著者の幻想が、手堅い学問的手法に裏打ちされて、力作だと思った」──とは、 1975年に単行本として上梓された当時の朝日新聞『天声人語』での評である。「血塗られし手」の章など、若き日に海軍入隊経験をもつ著者が太子の人物像を内在的に観察しようとしていることがうかがえ、著者自身「あえてその内部に文学たらんとする意志を秘めて」執筆したという本書は、たとえば上記の町田氏の著作とは対照的であり、今回の4冊のなかで異色かもしれない。
しかし、斑鳩という地を「太子コロニー」としての性格のもとに位置づけ、その視点に立って再建法隆寺における美術の特質を指摘する論、なにより聖徳太子という一人の人物を軸として、古代の仏教美術を構造的に解明しようとする試みは魅力的である。
 なお本書の構想は、『人間の美術3仏教の幻惑』(学習研究社)においてビジュアルな形で展開されている。あわせての一読をおすすめしたい。

*記事初出:『季報芸術学』No.11(2001年6月発行)


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