文献案内:児童書でふれる美術史/美術館学
杉崎貴英(本学講師)
今回はすこし毛色の変わった特集にしてみた。美術史の課題の一つが、「かたち」を「ことば」で語るという難しさにあるとするなら、こうした図書は“ひろく/わかりやすく伝える”という、さらなる困難への挑戦となっているはずである。それが成功していれば、大人の我々にも訴えかけてくる力をもっているに違いない。また昨今、学習指導要領の改訂により、美術館での教育普及活動にますます期待が高まりつつあるが、この種の本はそれとの連関をはらむとみることもできよう。
そこで、戦前からの児童書収集の歴史をもつ京都府立図書館の蔵書を主として採集を行い、回顧と展望を試みることにした。その成果のなかから、目をひいた近年の出版物を中心に紹介してみたい。なお[ ]内は、(社)日本書籍出版協会または(株)図書館流通センターの見解による対象年齢である。また現在購入可能なものは本体価格を付した。
(1)高橋直裕・藤平真樹子/作・絵『美術館ってたのしいな』〈社会とくらしの絵本13〉岩崎書店 1988年3月[小学・中学]
(2)さがらあつこ/文・さげさかのりこ/絵『美術館にもぐりこめ!』〈月刊たくさんのふしぎ第140号〉福音館書店 1996年11月[小学上・中]
(1)は、美術館がどんなところなのか、世田谷美術館の学芸員がつづったもの。同シリーズが『博物館ってたのしいな』を別に刊行しているのは一見識。(2)は展覧会ができるまでの話を軸に、学芸員以外の職員もクローズアップして美術館のうらおもてを紹介。泥棒3人組が潜入するというストーリー仕立てだが、美術館勤務の経験をもつ著者だけに、内容はすみずみまで行き届いている。美術の楽しさだけではなく、美術館という場所の面白さも児童書の素材になりうるのである。メトロポリタン美術館を舞台にしたE.L.カニスバーグ『クローディアの秘密』(岩波少年文庫)のような童話が、日本からも生まれないだろうか。
(3)アートコミック・シリーズ:高階秀爾監修『まんが西洋美術史』3巻、辻惟雄監修『まんが日本美術史』3巻、島田紀夫監修『まんが印象派の画家たち』3巻、里中満智子『ラファエロ─その愛』1巻、美術出版社、1994-99年、各1,500-2,000円
いわゆる学習漫画は、1987年の石ノ森章太郎『マンガ日本経済入門』あたりから、ひろく一般も対象とするようになってきた。学習指導要領の内容に配慮したという本シリーズも、美術史家を監修/編集委員としているだけになかなか密度が濃い。重要事項に関するコラムも豊富だが、ただ漫画は登場人物の動きでストーリーを綴ってゆくから、作品自体への誘いになりにくいという限界が否めない。そこに歴史の学習漫画などとは異なる事情があろう。美術史/美術鑑賞を扱う児童書の本領は、どうやら漫画以外のメディアにありそうだ。
(4)伊藤廉『絵の話』美術出版社 1946年(1983年新装版)
作品をひとつひとつ観て、それ自体の表現を考えるのなら、時代も国籍もランダムに見てゆくのも手なのかも知れない。東京芸大で教鞭を執った洋画家の著者は、あえてルソーの次節に俵屋宗達を、平安仏画につづいてミケランジェロをとりあげては、読者にやさしく語りかける。戦後まもない『少国民新聞』への連載をまとめた本書の願いは、「(美しいものに感ずるこころが)自分のこころのなかにあることを、自分でわかるようになったのが絵ごころです」という一文にうかがえよう。美術鑑賞入門の児童書という以上に、“読んで考える美術書”として、息の長さをたもつ一冊である。
(5)シルヴィー・ラフェレールほか2名/編著『絵の中を旅する』大西昌子・大西広/訳 福音館書店 1987年
イール・ド・フランス美術館所蔵の一枚の絵(19世紀)をつぶさに見てゆくもの。「なにを話しているのかな?どこへ入ろうとしているんだろう?教会に気がついた?犬もいるね?木はなんの木?お天気は?」。次々に投げかけられる問いが、絵の細部へと読者をひっぱってゆく。背景をセピア色にして部分を浮かび上がらせる手法も効果的。巻末にはゲームがあるが、無論それは図像レベルだけにとどまらず、絵画表現への導きともなっている。編著者は子どものための展覧会「若草の博物館」の仕掛人だという。本書はその成果の一つで、ほかに訳者を同じくする『むかし、レオナルド・ダ・ヴィンチが……』(1987年)が刊行されている。
(6)本江邦夫『○△の美しさって何?20世紀美術の発見』〈ポプラノンフィクションBooks13〉1991年初版 1,200円[中学・高校]
なるほど、細密に描かれた具象画では読み解きの楽しさがある。ところが抽象画となると大人たちもとかく敬遠しがちだ。近代美術館に学芸員として勤務する著者は、「みる」と「わかる」、形と色、などの問題からときほぐして、「○△が、絵の主役になった話」──カンディンスキー、モンドリアン、マレーヴィチ、3人の抽象画家の創造へと読者を導いてゆく。なぜ20世紀に抽象画が生まれたのか、画家の作品と言葉から探ってゆく内容のため、文章主体でこの種の児童書としては硬派の印象。そこには、画家と読者それぞれの思考のあいだにある距離をすこしでも縮めて、筋道だって伝えようとした本書の意欲が感じられる。
(7)クリスティーナ・ビョルク/文、レーナ・アンデション/絵『リネア モネの庭で』福井美津子訳、世界文化社、1993年、1,456円[小学中−高校]
今回もどかしいのは、子ども向けに企画された本だといっても、果たして実際にどれだけ受け入れられているのか明らかでないということである。そんななか、各国で翻訳され欧米で100万部を越えるベストセラーという実績を誇るのがこの絵本。同題のアニメ(日本コロムビア、1994年)もある。
主人公リネアは花が好きな女の子。本でモネの絵にひかれ、とうとうアトリエがあったジヴェルニーへ。それはモネの作品だけでなく、彼のまなざしに近づく旅となった。「池のむこう側にまわるまで、橋を見てはだめよ」「どうして?」「わたしたち自身の印象を得るためよ、モネのように」。訳者は、原書をジヴェルニーのモネ美術館売店で見つけたという。さて日本のミュージアム・ショップには、このような児童書があるだろうか。
(8)佐々木均太郎/作・広瀬通秀/絵『田能村竹田 日本南画の最高峰』大分県教育委員会 1994年[小学上]
偉人伝に芸術家が取りあげられることは少なくない。海外ではレオナルド・ダ・ヴィンチやゴッホが定番、日本美術でも雪舟、葛飾北斎、岡倉天心、荻原守衛などの例がある。そのほか各地の教育委員会刊行の児童向け図書に郷土作家が取りあげられることも多い。本書は大分県先哲叢書『田能村竹田』全4巻の成果にたつ異色作で、文人仲間との交遊をほのぼのと描く。とかく親しみにくい文人画の入門書ともなる点、非売品なのは残念。
(9)網野善彦・大西廣・佐竹昭広/編『いまは昔 むかしは今』全5巻+索引1冊、福音館書店、1989-99年 各8,000-8,500円
中世説話を中心として、「日本列島に住んだ人びとの心の深層に、伏流水のように流れ続ける」言葉と形のイメージを、「鳥獣戯語」「人生の階段」など全5巻(各500頁前後)の切り口から尋ねもとめるシリーズ。編者は中世史・美術史・国文学の大家である。美術のみに限った児童書というわけではないが、ここには絵巻や風俗画などの図版がふんだんに盛り込まれているのである。しかもそれを様式ではなく、イメージの連関を考える手がかりとしていることは、日本美術への新しいアプローチをも示唆するといっていい。索引の「人の姿になる」「川のほとりの」など名詞にこだわらない項目は、本シリーズをして稀有なイメージ辞書としている。ただ会話体やクイズなど工夫はみられるものの、分量的にも子どもにはやや高度か。
(10)少年少女世界の美術館『レンブラント』ほか全12巻 アーネスト・ラボフ/編著(薩摩忠/訳)1973年 主婦と生活社
(11)おはなし名画シリーズ『ゴッホとゴーギャン』ほか全12巻 森田義之/監修 西村和子ほか/執筆 1992-00年 博雅堂出版 各2,912-3,200円[幼児−高校]
(12)小学館あーとぶっく『ピカソの絵本 あっちむいてホイッ!』ほか全10巻 結城昌子/構成・文、小学館、1993−98年 各1,440円[小学初−小学上]
(13)はじめてであう絵画の本『ルノワール』ほか全16巻、アーネスト・ラボフ/編著(みつじまちこ/訳)あすなろ書房 1995年 各1,650円[小学中−高校]
(14)子供のための美術入門『名画のなかの動物』ほか全6巻、コリーン・キャロル/文(斉藤律子/訳)原書名:How Artist See、くもん出版 1995年 各2,000円[小学上−小学中]
最後にシリーズものの美術鑑賞関係の児童書を簡単にみておきたい。(10)は、見開きで1点(及び参考図版1〜2点)づつ作品をとりあげながら、それぞれの画家の表現を語ってゆく。著者は画家・評論家。キーワードに色をつけた手書き文字が親しみやすいが、女性の訳者をえて、よりやわらかな語り口の(13)に生まれ変わった。画家の生涯をたどりながら名作を観てゆく(11)は、写真印刷も上質な大判で、作品の鑑賞により重きをおいた印象(ただ日本美術からは1巻のみ、それも「平山郁夫のお釈迦様の生涯」なのはいささか不可解)。
しかし小さな子どもが自分で読むには、絵に添えられるのは文章よりも詩のほうがふさわしいかも知れない。ルーシー・ミクルスウェイ構成『はじめてであう美術館』(俵万智/ことば、フレーベル、1994年)や(12)はその例。前者は「かぞえてごらん」「ゆめのなか」など、ごくごく短いフレーズで子どもの眼を絵に向けさせる。後者は子どもを対象にしたワークショップ活動も展開しているアートディレクターによる絵本。「ひとつの顔に/ふたつの顔/あっちむきの顔/やさしくほほえんでるみたい/こっちむいた顔/ちょっとおこってるみたい」(マリア・テレーズの肖像)。子どもの視線に語り口を合わせて、ほんのすこし先にあゆんで見方を提示する。クイズなどはワークショップでのアイデアを盛り込んだものであろう。子どもたち自身による創作への動機づけも射程に入れているようだ。「名画との楽しいつきあいかた」を提案する結城氏には他に、本シリーズの姉妹編ともいうべき『ひらめき美術館』第1館・第2館(小学館、1996年)や、列島各地の美術館とその名品を子ども向けに紹介する『パパ、美術館へ行こう』全6巻(小池書院、1997年)などがある。詳細は結城氏HP(www.artand.jp)を参照。
(14)の語りの姿勢はまた別のものだ。小学校の先生をしていた著者らしく、より強く子どもたちにはたらきかける。「これは、うずまく大吹雪で身うごきがとれなくなった船の絵です。船のまわりの吹雪のうずを、すばやく指でなぞってみましょう」(ターナー「吹雪」)。しかし「制作年や美術史の知識は、あえてのせませんでした。作品そのものを見ることに集中してもらうためです」と後記にあるように、ゴッホも北斎もエジプト彫刻もランダムにとりあげ、子どもたちが「目と体と想像力をつかって」「ひとつひとつの絵を自分で“体験”」することを意図する。近年各地の美術館で行われる子ども向け展覧会に、最も近い感じを受けた。
さて今回の採集を通じて改めて感じたのは、まず子どもに伝えようとする場合、「です・ます」調や総ルビなど、文章表現をわかりやすくしたとしても、それだけでは“子ども向け”の本にはなりにくいということ。そこには“遊び”や“仕掛け”、“つかみ”がある方がずっと有効なのだ。教育現場では当たり前の事実だろうが、そのあたりの意識が稀薄な児童書もまま見受けられたのである。
次に、学芸員の執筆例もあるように、美術館での教育普及活動とは確かに共通項をもつものの、やはり根本的に異なるのだということ。目の前に実物があるかないか、ともに観る人がいるかいないかでは、子どもへの提示のしかたが違ってくるのもけだし当然であろう。その点、美術館での親子向け/入門的展示に際して作成されるカタログやセルフガイドには、工夫に唸るものが少なくない。ヒントを与えあうことはできそうである。なお来館者用図書室を設けている美術館は多いが、そこでは今回とりあげた諸書をしばしば眼にする。
それからもう一つ、日本美術とくに前近代のそれに関する企画の少なさに気づく。これはわからぬでもない。紹介しようにも保存のために展示期間が限られるものがほとんどだし、だいたい展覧会では借用品が多く、遊んでみようにも所蔵者の意向がそれを許さない場合が充分予測されるからだ。そうなると公的所蔵者たる美術館自身こそ、いよいよ積極的にとりくんでよいのだろう。板橋区立美術館編『親子で楽しむ古美術』展図録(2000年)は、所蔵の近世絵画で思い切り遊んでみた試みといえる。しかし一方、出版社刊行の書籍だからこそ実現可能な企画だってあるに違いないのだ。
そういえば古書店主で作家の出久根達郎氏が、児童書の古本は喜ばれない、と書いていたことがあった。子どものために買い与えるものだし、絵本などはプレゼントとして贈られたりもする。子どもに夢をもたらす児童書は見た目に美しく新鮮であるべきだというならば、“古い本”ではいただけないのも無理はない。しかしひょっとしたら、日本の“地味な”“古い絵”が児童書になかなか登場しないのは、そんな事情も関係してはいないだろうか?ここはひとつ、日本美術の魅力を語る児童書の登場を今後に期待してみたいところである。
なお昨年、ルーシー・ミクルスウェイン作/高階秀爾監修・高階絵里加訳『なぞとき美術館 たんけんしよう』(フレーベル館、1,800円[幼児])が刊行された由であるが、今回は参照できなかったことをお詫びしたい。
【補遺】▽パオロ・グアルニューリ作・せきぐちともこ訳『ジヨットという名の少年羊がかなえてくれた夢』(西村書店、2000年)は、昨春の第6回日本絵本賞で翻訳絵本賞に選ばれた。既刊『レオナルド・ダ・ヴィンチと少年ジャコモ』はその姉妹編的な作品である。▽乾谷敦子『古都に燃ゆ』(1977年)は、日本美術を愛したラングドン・ウォーナーを軸に、第2の主人公というべき仏像修復家の新納忠之介や、日本美術院の画家達の活動をも生き生きと描く。創作の味わいももつものの、ノンフィクションとしての質は高い。▽以上2回にわたって掲載したが、なお優れた成果を見逃しているかも知れない。評価の問題も含めて、御教示いただけたら幸いである。▽最後に、人気のキャラクターが登場する小さな絵本を挙げておこう。ディック=ブルーナ作・角野栄子訳『ミッフィーのたのしいびじゅつかん』(講談社、1998年)。絵と話の単純さが、かえって子どもの想像力を刺激するのではないだろうか。もっとも美術鑑賞への動機づけとなるかどうか、そこは読み聞かせる側の美術館経験が問われるのかも知れない。
*記事初出:『季報芸術学』No.15(2001年12月発行)
*記事初出:『季報芸術学』No.16(2002年2月発行)