文献案内:藤森武写真集『鉈彫 荒彫』(本文:田中惠)玉川大学出版部 2001年6月 ISBN: 4-472-40252-1、16,000円(税別)
杉崎貴英(本学講師)
「鉈彫」とは、普通ならば平滑に仕上げるべき表面に、ざっくりとした丸鑿の痕を残した木彫仏像のこと。未完成なのか完成とみるべきか、かつて意見が分かれていたが、説得力ある完成説と東日本での偏在を論じられたのが久野健氏であった(概要は同氏『仏像風土記』〈NHKブックス〉1979年参照)。その論が結実したのが写真家田枝幹宏氏との共著『鉈彫』(六興出版、1976年)である。鉈彫完成論はかくて定説化したのであるが、やがて井上正氏(現・本学教授)により初期木彫仏の年代観と造像思想が再検討されるなかで、鉈彫である理由が改めて問われるに至ったのである。
カラーフィルムにより作品の質感が如実に再現された本書は、その「なぜ鉈彫なのか」という問題意識のもとに編まれている。鉈彫の発祥に問題を投げかけた岡山・安住院の伝聖観音像、鉈彫と立木仏さらに神仏習合思潮との交錯を証するかのような秋田・白山神社の女神立像など、近年見出された作品も収録。より広義の概念として「荒彫」を題に掲げ、平滑ながらも簡素な彫りの奈良・大蔵寺薬師如来像、京都・大将軍八神社の神像をも取りあげることなどにより、東日本に特異な存在とする説を克服しつつ、改めて関東・東北の作例の位相をとらえなおそうとする。田中氏による総論と各個解説にしても、その像がどのような仏(もしくは神)として表現されたものか、鑿痕の意識如何から読み解こうと試みられたものと思しい。また鉈彫は円空仏と比較されることがあるが、愛知・東観音寺二天像の邪鬼を円空の補作とみる丸山尚一氏の意見が吸収されており注意を惹く。
彫刻の分野では、最新の成果を踏まえた水野敬三郎監修『日本仏像史』(美術出版社、¥2,500)が刊行された。良質なカラー図版を豊富に収録し、概説のなかで新たな指摘が多くなされる。ただし初刷分は図版の裏焼きがかなりあるので要注意。
*記事初出:『季報芸術学』No.17(2002年5月発行)