今月の一冊:佐藤道信『美術のアイデンティティー-誰のために、何のために』 吉川弘文館、2007年

カテゴリー: 『雲母』について |投稿日: 2011年8月20日

米倉立子(芸術学コース教員)

 本書は、「近代美術のゆくえ」という近代以降の日本美術史を扱うシリーズの一冊ですから、本来ならば私がここ研究室だよりで特に紹介するにはふさわしくないかもしれません。しかし、美術あるいは美術史という概念や、モノをコレクションする美術館の確立の過程などの多様な切り口から論じられていて、日本美術を学ぼうとする方のみならず、受講者の皆さんそれぞれの関心に何かしら応えてくれるのではと思います。今まで断片的に知っていたり、感じていたりしたことが相互に繋がって改めて腑に落ちる箇所が多々あり、そこから新たな知見や関心へと繋がる楽しみどころの多い一冊でしょう。
 本書は、ヨーロッパ人の研究者はほとんど言及しないけれども、私達日本人がヨーロッパに対する際にどこかで一度は感じるような素朴な疑問から始まります。それは、ヨーロッパの人々にとっての自国と<ヨーロッパ>との心理的距離感が、私達が日本と東アジア地域に感じるものとどれほど違うのだろうか、ヨーロッパの人々が体感として共有している歴史や宗教、文化における常識のような感覚をどの程度まで私達は<分かった>上で、彼らの言説を読みこなせているのだろうか、といったようなものです。このような佐藤氏の実感に即したテーマの立脚点や論の展開作法に私はとても共感を覚えました。そんなわけでヨーロッパ美術史を学ぼうとする方にも興味深い一冊ではないかと思いご紹介させていただきました。

*記事初出:『雲母』2010年7月号(2010年6月25日発行)


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