今月の一冊:天野文雄『世阿弥を歩く-能苑逍遥(上)』 大阪大学出版会、2009年
小川佳世子(芸術学コース教員)
昨年は「源氏物語千年紀」でしたが、本年2009年は「世阿弥発見百年」の年にあたります。と、いっても世阿弥が『源氏物語』より10分の1も現在に近い人である、というわけではありません。能楽を大成した世阿弥が『風姿花伝』をはじめとする数々の能の伝書を書いたのは室町時代、今から600年ほど前のことです。しかしそれらの伝書は書かれてからずっと、世間一般には知られることなく、能楽の家に相伝されてきました。それが明治42年吉田東伍編『世阿弥十六部集』として発行されはじめて世に知られることになりました。1909年のことです。それをはじめて読んだ人々は驚きました。能楽の家に伝わる伝書であると同時にすぐれた芸術論であったからです。芸能史はもちろん、芸術に関わる様々な研究者がこぞって研究し現在にいたっています。その2009年『世阿弥を歩く-能苑逍遥(上)』(天野文雄著、大阪大学出版会)が発行されました。著者が今までに書かれた世阿弥の「事績」「理論」「作品」についての文章が集められていて、けっして難しい研究論文集ではないにも関わらず、はじめに述べた伝書発見の経緯をふくめ、世阿弥に関する最新の研究成果が惜しげなく盛り込まれています。能の作品はそれ以前の芸能や文学、思想などの様々な歴史を学んで作られており、その後の歴史につながっていることがよくわかります。芸能史を勉強する人にぜひ読んでほしい今年の一冊です。
*記事初出:『雲母』2009年9-10月号(2009年8月25日発行)