今月の一冊:菅靖子『モダニズムとデザイン戦略―イギリスの広報政策』 ブリュッケ、2008年
熊倉一紗(芸術学コース教員)
早いもので、あとひと月もすれば年末。年末といえば、近年日本郵政の年賀状キャンペーンをしばし目にするが、その広告費は、民営化以前よりも格段に多いといわれている。確かに、前身の日本郵政公社は国営企業であり、民間企業のような派手な宣伝活動が行われてこなかったのも頷ける。しかしながら、今から辿ることおよそ80 年前の戦間期の英国では、国の省庁である逓信省(郵便事業と電信電話事業を管轄していた省庁)によって民間顔負けの宣伝活動が行われていた。
本書は、郵便や電話といった「売れる商品」を持つ産業組織でもあった英国逓信省が、どのような広報戦略をたて、また実践してきたのかを、切手やポスター、さらにはドキュメンタリー映画といった具体的対象を軸に歴史的に分析・追跡している。
1933 年から37 年までのポスターは、著名な美術史家・ケネス・クラークらがブレーンとなって「ファイン・アート」としての地位を確立し、大衆の審美眼を涵養しようとするエリート主義的要素を持っていた。だがそれ以降、より大衆に馴染みやすい「グラフィック・デザイン」へと舵を切るようになる。とはいえ、こうした転換後も逓信省による全国ネットワークによって、モダンな「グラフィック・デザイン」が各地に伝播し、人々にその見方を教え込むことになる。この表象を巡る摩擦と捩れのプロセスが興味深い。これまで国家の広報といえば戦争ポスターなどが取り上げられることが多かったが、本書は国家権力と日常的なコマーシャル・アートとの関係性を豊富な資料をもとに教えてくれている。
*記事初出:『雲母』2010年12月号(2010年11月25日発行)